生活について

おいしい

  • 2023年01月29日
夕方、家族でファミレスに行った。

シュシュは美味しいものを食べた時に「おいしい」と口に出すことが少ないものの、なんとなく挙動を見ていると「今この食べ物をおいしいと感じている」のがすごく伝わってくる。具体的に何を見て自分がそう感じるのかが気になっていたので、今日は注意深く見守った。

よくよく見ると、おいしいものを食べている時の口の動き、具体的にいうとタテの動きが通常時より大きく、くちびるはキュッととんがっている。本能的に、うまみを一滴も逃すまいとしているようだった。それから視線がその食べ物一点に注がれている。今日は彼にとって、ファミレスで初めてハンバーグを食べた日だった。手際よくナイフで切り分け、とんがりくちびるで一気に平らげた後、妻の分まで食べていた。思惑に捕らわれない、本能的な行動が愛おしすぎた。

そのファミレスに行った後は本屋に行くことになっている。「すごい言い訳!―漱石の冷や汗、太宰の大ウソ―」(新潮文庫)を購入。ネーネーには小説を、シュシュはクジラのフィギュアを買ってやった。

「江戸川乱歩名作選」を読んだ。ひと作品ひと作品が面白すぎて勿体なくて、少しずつ読んだ。まじで全部良すぎ。「白昼夢」なんて8ページしかないのに、悪夢を見そうなほどに恐ろしすぎる。「石榴」「押絵と旅する男」「人でなしの恋」「白昼夢」「目羅博士」「踊る一寸法師」「陰獣」、最後の一文字まで読みこぼすまいと、一週間近くかけて読んだ。

そういえば21日に初回が放送された「探偵ロマンス」(NHK)は、江戸川乱歩が主人公のドラマ。エキストラとして参加したこともあって観たけど面白いドラマだった。さすがは坪田文さん脚本。坪田さんはHUGっとプリキュアの脚本も手掛けてらしたので、信頼感が圧倒的すぎる。

ちなみにドラマにはばっちり3秒ほど映ってたけど、子どもたちからは「テレビに出たって言っても、いつも後ろを歩いてるだけやし、セリフもないし…そんなんで、ええの?」と非常に辛辣なコメントをいただいた。

辛辣~!(IKKO風)と思いながら、無言で首を振りました。

  • 2023年01月25日
大雪、というほどの雪でもないけれど、大阪では経験したことがないくらい降った。ベランダにうっすら積もったので、シュシュと小さな雪だるまを作って記念撮影をした。

寒い朝の、しいんとした空気がとても好きだ。翌朝JR京都線が運休しているので阪急で出社。道はカチカチに凍っていて、目の前で何人もの人がステーン!と転んでいた。帰りも阪急で帰り、ロサビアで本を数冊買って帰った。

「殺ったのはおまえだ」(新潮45編集部)、「最高の任務」(乗代雄介)を読んだ。「最高の~」は表題作よりも「生き方の問題」という作品がグッときた。手紙形式で進行する、主人公とその従姉妹である貴子との危うい恋。締め方も良くて、すっきり終わっている。

ちなみにこれは講談社文庫なんだけど、本屋で文庫を買うときにはカバーを付けてもらっていて、今回も文庫を数冊買って「カバーお願いします」というと店員さんが「え、講談社が2冊もある」と小さな声でつぶやいて他店員に応援をお願いしていた。というのも、講談社の本は全面フニャフニャのビニールカバーで包まれていて、カッターナイフ等がないと破れないようになっている。そのビニールカバーをカッターナイフで本を傷つけないように慎重に開けて、それからやっとカバーを付けることになる。要するに、絶妙にめんどくさい仕様なわけです。ほんますんませんと思った。

脱皮ライブ

  • 2023年01月23日
寝る直前に鳥羽水族館がダイオウグソクムシの脱皮の模様をYOUTUBE LIVEで配信していることを知り、家族で見守った。YOUTUBE LIVEということで、ダイオウグソクムシにスパチャ(投げ銭)が飛んでいた。

ダイオウグソクムシは基本的にジィっとしていて、たまに動いたりすると現地の飼育員が「あっ、うぁあぁっ」と声を上げていて臨場感があってよかった。21時半時点で身体に亀裂が入っていて、飼育員が「これ22時にはポロッといくと思う」「ああ、腰に引っ掛かってて、そこさえクリアできればポロッといくのに」「うああ、腰に引っ掛かってる」と呟いてらして、その様子を寝転んでひたすら見守った。

結局22時になっても思うように脱皮しておらず、シュシュが寝てしまったので寝室に移動。皆が眠りに入る中、スマホで続きを見守った。そうこうしているうちに寝落ち。

夜中に目が覚めたとき、スマホがうっすら光っていて、そこからグゥゥゥと低い音が響いていて、真っ暗な画面の中で黒い何かがモゾモゾ動いていて、心霊現象的な何かと勘違いしてめちゃくちゃびびった。ダイオウグソクムシの配信が続行中なだけだった。結局1時頃に半分脱皮できたらしいけど、その瞬間は見られず。

それにしても、貴重な経験だった。鳥羽水族館、行ってみたいな。

「かわうそ堀怪談見習い」(柴崎友香)を読んだ。幽霊バーン!わたしギャーッ!系の怖い話ではなく、うっすらと、ねっとりと、じわじわと、得体の知れない怖い何かが接近してくる感じ。冒頭、なぞの「鈴木さん」が登場するけれど、最後まで正体が判明しない(冒頭以外に登場しない)という、何かしらの伏線ぽいものがそのままで終わっているのも、かえって不気味で良いなと思う。

おさびし山

  • 2023年01月19日
9時過ぎに家を出て塩田八幡宮まで。今年は本厄なので、早いとこ厄払いせにゃならんということで。

去年は前厄のお祓いをしてもらって、その時に神社の方がわたしの御札を無くしてしまい再発行されたものを受け取るというサプライズがあって、その出来事が暗示するかのように散々な一年になってしまった。今年は問題なく、御札を受け取った。

実家に果物を届けて、茨木へ戻った。道が混んでいて14時過ぎに家についた。カップ麺を食べて、しばらくしたらネーネーが帰宅。サバの炊き込みご飯、味噌汁、白身魚のフライと卵焼きを作った。シュシュの迎えに行くと、明日は保育所の行事でプラネタリウムを観に行くということで、みんなワクワクしていて良かった。クラスでプラネタリウムに行ったことがあるのはシュシュだけらしく、ちょっと得意げだった。

「積み木シンドローム」(森博嗣)・「ムーミン谷の彗星」(トーベ・マリカ・ヤンソン)を読んだ。

「積み木~」は最初は面白く読んでいたけれど、森さんが印税が毎年ウン千万円入ってきて、使いようがなくて困っている、もう仕事もしたくない、お金いらん、というようなことを何度か書いてらして、共感できなさすぎて最後まで読めず。こんなに共感できひん文章ある?と思った。「ムーミン谷~」は良かった。ムーミン谷に落ちる彗星、世界が終わりに向かって進む中でのムーミンたちの大冒険。ムーミンをちゃんと読んだのは初めてだった。欲が出すぎてガーネットをたくさん拾い集めて、最終的に全部落としてしまうことになったスニフにスナフキンが「なんでも自分のものにして、もってかえろうとすると、むずかしいものなんだよ。ぼくは、見るだけにしてるんだ。そして、立ち去るときには、それを頭の中にしまっておくのさ。ぼくはそれで、かばんを持ち歩くよりも、ずっとたのしいね」と声をかけていて、スナフキン!めちゃくちゃええこと言う!せやけど、せやけどわたしは見るだけなんて無理!やっぱり大切なものは自分の手元に置いておきたいし…ごめん、あなたとは仲良くなれないかも!と思った。

スナフキンがわたしのコレクション部屋を見たら絶句しそう。

ひとはく

  • 2023年01月14日
実家に届け物をして、その足で人と自然の博物館に行った。が、まさかの今週頭から一ヶ月メンテナンス休業。残念無念ながらも、なんや新しい建物も建っていたので、また次回のお楽しみ。すぐ近くのイオン(通称、フローラ88)に寄り道。ネーネーは漫画家キット的な本を、シュシュはフクロウナギのフィギュアを買ってホクホクだった。

夕方、ネーネーの音楽教室へ。待っている間に「哲学はこんなふうに」(A・コント=スポンヴィル)を読んだ。哲学の入門書として、非常に分かり易かった。「道徳」「政治」「愛」「死」「認識」「自由」「神」「無神論」「芸術」「時間」「人間」「叡智」といった12のテーマについて書かれている。「政治」の章では、争いや戦争を防ぐために存在するのが政治であり、政治の崩壊は戦争への道を意味するというようなことが書かれていた。道徳と政治が混じることはない理由についても書かれている。

もっとも興味のあった「死」については、意外とあっさり書かれていた。死は「無」である(エピクロス)、もしくは死は「もうひとつの生になること」(プラトン)、このどちらかであり、死について考えることで死を解消することになる。

「時間と永遠」については、「ときはすぎゆく、ああときは、恋人よ、ああ、ときではなく、すぎゆくは私たち」というロンサールの短い詩がシンプルであり、本質だ。

音楽教室の帰りにジョーシンに行って、プラモデルを買って帰った。「またプラモデル買ってる!」と子どもたちに叱られてしまいました。

  • 2023年01月12日
「本をつくる 赤々舎の12年」(産業編集センター)を読んだ。多くの優れた写真集を出版されている赤々舎について、代表の姫野さんにフォーカスを当ててまとめられている。姫野さんは作品をつくる時とことん作家と向き合っていらして、事務所で一緒に飲んだり食事をしたりしつつ対話を重ねながら、完成させてゆく。「今が崩れてしまうのでは、という作品に出会いたい」という価値観のもと作品と向き合っている。とてつもないエネルギーに満ちた方だなという印象だった。

「『話が通じない』の正体」(黒川伊保子)これまた良い本だった。若い人たちの「上司は何もわかってくれない」や、逆に上司たちの「若い人は話が通じない。気が利かない」という声を聞くことが多いけど、その根本的な原因について書かれていた。「共感障害」というもので、性差や世代の違いによって、脳の物事に対する「認識フレーム」が違うため、同じ景色を見ていても脳が全く違う認識を持ってしまうことが原因らしい。そのことをお互い理解した上で向き合っていけば、もっともっと組織は良いものになるという話。

あとはTwitterは炎上しやすいのにInstagramは炎上しにくいのは何故かも書かれていた。Instagramは写真の投稿が主であり、そこにあるのは「対象の状況」である。対してTwitterは言葉の投稿が主であり、これは「投稿者のものの見方」である。人は投稿者の「状況」ではなく「意見」に対して、なんやかんや言いたくなってしまうものらしい。ほえー。

別の章で「「世の中」は「自分が周りにどう見られているか」で作られているのではないのだ。「自分が周りをどう見ているか」で作られているのである。」と書かれてらしたのも印象に残った。

友情

  • 2023年01月11日
7年分の日記漫画を取りまとめた冊子「春をつかまえていてね」、ありがたいことにすぐに完売してしまい、増刷をかけようかと迷っているうちに本文に使っていたアドニスラフという紙の取り扱いがなくなってしまい、同じ仕様での増刷ができなくなってしまった。海外のペーパーブックでよく見かけるような紙で、やっと自分好みのものが見つかったと喜んでいたのに、あっさりいなくなってしまった。紙が変われば本の厚みも変わるので、色々とやり直しをする必要がある。忙しくてなかなか作業をする時間もないので、このまま増刷することなく終売となりそう。

「友情」(武者小路実篤)を読んだ。1910年代に大阪毎日新聞に連載された、タイトル通り『友情』を描いた作品。約100年ほど前の作品とは思えないほどに、恋にまつわるあれやこれやが鮮やかに描かれていて良すぎた。

物語は「上篇」「下篇」に分かれていて、主人公である野島が友人の妹の杉子に恋をするところから始まる。野島は親友の大宮にあれこれ相談してするのだけれど、この野島と大宮との友情が大きな主題である。

感想については、以下の通り。

(上篇)
野島!野島ー!行ったれ野島ー!大宮、大宮!大宮ー!野島ー!行け行けー!野島ー!えっ、えっ、大宮??…の、野島…?野島…

(下篇)
大宮ー!お、お、お、大宮ー!大宮!お前!大宮ー!大宮大宮この野郎大宮ー!…野島!生きろ…

(あとがき)
実篤ー!

3連休

  • 2023年01月09日
3連休。ありがたい。体調が悪かったこともあり2日間はのんびりと過ごし、最終日は家族で出かけた。バンドー青少年科学館に行った。ここは小学校の頃に遠足で来たこともあり、非常に懐かしかった。展示内容も殆ど変わっておらず、昭和の香りが残る科学館。ここに来るたびに、遠足のときにKくんがエレベーターの扉に指を挟んで泣いていたことを思い出す。

館内をブイブイ巡回し、12時過ぎのプラネタリウムを鑑賞。解説員のお兄さんの声がリラックス効果ありすぎて爆睡してしまった。テレビ石とソーラーカーを買った。

その後IKEAに行って、レストランで食事。IKEAに入る前に、テンションが上ってミートボールの看板の前で記念写真を撮った。子どもたちはかわいらしいぬいぐるみを夫々買ってもらっていた。

一旦帰宅して、銭湯へ。シュシュは温泉や銭湯に行くと、ずっとニコニコしている。彼の気が済むまで、いろんなお湯に入った。銭湯の中にある飲食店で茄子の揚げそばを食べて帰った。楽しい一日だったねと、何度も振り返りながら寝た。

「私の本棚」(新潮社編)を読んだ。いろんな方が、自身の本棚について寄稿したエッセイ集。中野翠さんが本棚のことを「祭壇」と表現してらして、これに勝る表現はあらへんな、と思った。好きなものだけで固められた空間で、眺めているだけでうっとりする。

あとは磯田道史さんの「和本が落ちてきて」というタイトルのエッセイも良かった。和本を収集しておられる磯田さんが震災に見舞われたとき、避難する前に手洗いに行くと和本がトイレの中に落ちていて、一瞬その本にまつわる思い出に耽ってしまう。はっと我に帰り、妻と幼い娘のもとに駆け出すくだりで締められている。

とても良い本だったけれど、ひとつだけ怖かったのが、何名かの方が「本の重みに耐えられず、自宅の床が抜けた」ということを書かれていたこと。それこそ何万冊という蔵書の重みによるもので、わたしが現在部屋に置いているのはざっと2,000冊弱だと思うけど、それでも突然床がバゴーン!と抜ける日を想像して震えてしまう。

本を減らしていこう。

2023年はじまりはじまり

  • 2023年01月05日
2023年が始まった。年末年始の休みは例年稀に見るほどに充実していて、ギネス記録に挑戦して失敗したり、親族にも会えたし、プラモデルは3体(ガンダムエアリアル、スレッタ・マーキュリー、ミリオネ・レンブラン)作ったし、スーパーマリオワールド(1990年)を生まれて始めてクリアしたし、たくさん夜更かしをして家族と密に過ごした。シュシュは絵馬に「ちきゅうをまもる」と書いていた。Amazonで年始の爆買いもしたし、ありえないほどに英気を養った数日間だった。今年は良い年になりそう。

休み中は漫画をひとつも描かなかった。今年の目標は健康に過ごすこと、絵本を3作品作ること。ゆっくり進もうと思う。

「わたしのなつかしい一冊」(毎日新聞)を読んだ。毎日新聞デジタルに連載されている、著名な方々が自身にとってのなつかしの一冊を紹介するコーナーをまとめた本。斎藤真理子さんが「シカゴ詩集」(サンドバーグ)を紹介してらして、その中で「詩というものの本質は、ものやできごとの「見方」にこそあるのだ、と知っていったように思う。」と書いてらしたのが印象的だった。

あとは「アイデアのつくり方」(ジェームス・W・ヤング)を紹介した田中里沙さんがアイデアについて「アイデアとは、既存の要素の新しい組み合わせである」と書いてらして、アイデアとは無から捻り出すものと思ってウンウン悩んでいた自分には、とても響いた。

本を読みながら、自分にとっての「なつかしい一冊」は何だろうなとぼんやり考えてみたけど、やはり「家畜人ヤプー」(沼正三)だな。子ども時代から今も本棚に並んでいる本は、これとドッジ弾平と忍空くらい。あとは全部、大人になってから買った本。

「家畜人ヤプー」は高校生のときに買った。当時、男子校に通うイキリ高校生だったわたしのクラスに、Mといういつも本を読んでいるクラスメイトがいた。Mは窓際の後ろの方の席で、振り向くといつも揺れるカーテンの側で静かに本を読んでいた。Mは人と群れず、クラスのイベントにも参加しない。体育祭の仮装も、クラスでひとりだけやらなかった。そんなMのことを皆冷やかすようにからかったりすることもあったけど、わたしはその孤高っぷりに心底憧れていた。

日直というものがあり、担当の生徒は日誌を書くことになっていた。日誌の最後にフリースペースがあり、そこで皆自由にコメントを書き、後日担任がそれにコメントを追記する。わたしが日直になったときに何気なく前日のページをめくると、Mが担当の日だったようで、その日のフリースペースに書かれていたのが「家畜人ヤプー」の読後感想文だった。担任の先生が現代国語の教師だったこともあり、その日のフリースペースだけが異常な密度で論戦が繰り広げられていた。衝撃だった。まきまきうんこの絵を書いてフリースペースを埋めようとするわたしとの差よ、と思った。

その日、部活の帰りに古本屋に行き買ったのが「家畜人ヤプー」。一緒に「漂流教室」(楳図かずお)を買った覚えがある。家に帰って「家畜人ヤプー」を読んで、これまた衝撃を受けた。こんな話聞いたことない、テレビでも見たことない。読書感想文ですら背表紙のあらすじだけを読んでなんとかまとめようとするほどに文学に疎かったわたしに、本って面白!と思わせてくれた一冊だった。

結局Mとは1年から3年まで同じクラスだったけど、一言も言葉をかわしたことはなかった。だけど「家畜人ヤプー」を読んだという事実でMと繋がっているような気がして、ずっと嬉しかった記憶がある。

2022年ありがとうございました

  • 2022年12月31日
あっという間の大晦日。

クリスマスの朝。子ども達が早くに目を覚まし、こしょこしょ小声で話し合ってリビングにドタドタ走って行き、歓声をあげていた。ネーネーは「シャボンDX」、シュシュは「ぷにょぷにょアクアリウム」をもらっていた。ケーキがあまり好きでない子どもたちなので、夜はいちごの山を妻が準備してくれて、その先っちょにローソクを刺してクリスマスの歌を歌った。

以来、ネーネーはシャボンDXで、せっせと石鹸作りに勤しんでいる。シュシュは文字通りぷにょぷにょする海洋生物を作るのに忙しそう。

仕事は29日に納めて、原稿は昨日納めた。6月くらいから色々と言葉では尽くせないほどに大変なことが多すぎて、無事年末を迎えられたのが奇跡のように思う。いやあ、もう充分にがんばった。

来年は明るい話もいくつかあって、とても楽しみにしている。製作の方はとにかく絵本、絵本をつくっていきたい。

2022年最後に読んだのは「大江健三郎自選短篇」。以前読んだ「芽むしり仔撃ち」が良すぎて、こんなどえらい作品を書く人が自分で選出した短篇って、とんでもないことになってんちゃいまんのという期待感を込めて買ったけど、想像の遥か上を行く良さだった。自分の拙い言葉で感想を述べるのが烏滸がましいけど、個人的には初期の短篇が好きだった。一言でいうと「死」「臓物」「暴力」「性」「光」。中期以降は感情のゆらぎというか、人の内面部分の表現が印象深かった。「静かな生活」が、伊丹十三の同タイトルの映画(めっちゃ好き)の原作ということに途中まで気づかず、デジャヴュを感じながら読み進めた。「イーヨーって、あのイーヨー!」となった。

印象に残ったフレーズは以下の通り。

「無垢(イノセンス)は、知恵とともに住んでいるが、無知とは決して共生することがない」(「大江健三郎自選短篇」"怒りの大気に冷たい嬰児が立ちあがって"冒頭より抜粋)

「長い月をかけて、経験を通して、それを養わねばならない。そうすれば自分が知らない大きさの困難に出会った際に、この習慣が助けになる。」「私は若い年で始めてしまった、小説家として生きることに、本質的な困難を感じ続けてきました。そしてそれを自分の書いたものを書き直す習慣によって乗り超えることができた、といまになって考えます。そしてそれは小説を書くことのみについてではなく、もっと広く深く、自分が生きるころの習慣となったのでした。」(「大江健三郎自選短篇」あとがきより抜粋)

目つぶって喋る人

  • 2022年12月21日
ギリギリまで「一年ふりかえりフリーペーパー」の編集をしてダッシュでシュシュのお誕生日参観に行き、それが終わるとダッシュでイオンに行きダッシュでメガネを新調しダッシュでフードコートへ行き、ダッシュでリンガーハットのちゃんぽんを食べて、ダッシュで警察に行き免許更新をした。

更新講習に来ていたのは6人で、うち3人は優良運転者ということで30分で退出。残された3人は残り30分の講習を受けた。講師はずっと目を閉じてゆらゆら揺れながら喋っていて、気持ちが入っている時の平井堅だった。そうかと思いきや、たまにカッ!と目を見開いては「はいそこのアナタ!」と質問を投げてくるので、とても緊張感があった。わたしが聞かれた質問は「運転中に眠くなったらどうする?」だった。「休憩する、ですか?」と答えるとウーン…正解といえば正解…ウーン…という曖昧な返事だった。求められていた正解は「窓をちょこっと開ける」だったらしい。外からの空気が車内に流れ込んで頭がシャッキリするとのこと。

それから「薄暮時のライト点灯をお願いします」という説明があり、そこで「薄暮」という言葉を初めて知った。「日没後の黄昏時」のことをいうらしい。

講習が終わったらダッシュでスーパーへ行き、帰宅後ダッシュでシチューを煮た。夕方シュシュを迎えに行き、ダッシュで保護者会関連の事務作業をしてダッシュでシチューを食べた。

一日中ドタバタしてました。

名古屋経て東京

  • 2022年12月16日
名古屋出張からの東京出張。

夕方名古屋で仕事を終えて、マッハで東京に移動した。新幹線、人はかなり多め。20時半頃、ホテルにチェックイン。

自分の誕生日をひっそりと一人で過ごすことになってしまったため、なにか特別な思い出を…と思い、鰻屋に飛び込んだ。創業200年を超える、たたずまいも素敵な鰻屋だった。閉店1時間前ということもあってか、広間(10テーブルほど)にはわたしと、もうひと家族だけ。その家族は何かしらの記念に来ているようだった。

うな重が運ばれてくる。とてもこじんまりした器にぎっしりと鰻が詰められたうな重、本気を出せば10秒で完食できそうなサイズ感なのでこれは心して食べねば…と思っていたら、家族客の方々がスカイツリーをバックに記念写真を撮りたいということで、窓を全開にしてパシャパシャと写真を撮り始めた。隅田川を流れる冬の風が全力で部屋の中に吹き荒び、一瞬で広間は冬になった。寒い…寒い…と震えているうちに食べ終わってしまい、味を堪能する暇はなかった。ガタガタ震えながら食べたうな重、7,000円。セブンイレブンでケーキを買ってホテルに戻った。

今日は一日東京で仕事。夕方マッハで品川に移動し、21時過ぎに帰宅。

こういう時期ということもあり、移動中に読んだのは「クリスマス・プレゼント」(ジェフリー・ディーヴァー)。ほっこりするタイトルとは裏腹な、極上のミステリ短編16作。だいたい何作か読んでいると作者の傾向が見えてきて、これはこういう展開になるだろなと推察しながら読むことになるんだけど、見事に毎回その裏をかいてくるのでジュフリー!と心のなかで絶叫しながら読んだ。「三角関係(TRIANGLE)」と「釣り日和(GONE FISHING)」が怖くて良かった。良怖(よいこわ)だった。

40歳になりました。

ターボババア

  • 2022年12月11日
ありがたいことにたくさん通販の受注をいただいたので、朝も早よからせっせと発送作業。4時過ぎに車を走らせ宅配ボックスで発送手続きをした。この時間はまだまだ外は真っ暗だけど、早朝マラソンをしているランナーが結構いて、中には車道を走っている人もいて本気のスピードで車の後ろを走って追いかけてくるおじさんがいて怖かった。

妖怪ターボババアやん、と思いながら車を走らせた。ターボジジイに追いかけられながら粛々と出荷作業をした。すべて終わったのが6時過ぎ。そのまま近所のコンビニでホットコーヒーを飲みながらチョココロネを食べた。

東北行きが急遽キャンセルになったこともあり、日中はゆっくり過ごす。

夕方サイゼリヤに行き、本屋で家族それぞれ欲しい物を買った。珍しくわたしは何も買わず。

「文と本と旅と」(上林暁)を読んだ。昭和初期に活躍された私小説家の随筆集で、山本善行さんが編者を務めていらしている。芥川や太宰、井伏鱒二などといった作家との交流話もあったりしてとても面白かった。

「僕たちは、あらゆる作家、作品、事物から、その好きなところを学んで、自分の魂を少しでも発展させるように心がけねばならぬ。例えば、小さな雪の玉を雪の原で転がしていればだんだん大きくなるように、我々の魂を大きくせねばならぬ。」(「文と本と旅と」(上林暁)"僕の文学開眼"より抜粋)

「人の一生には焦点がある。学問も経験も才能もそこに集って燃える時がある。その時の標準にしなければその一生はつまらない。」(「文と本と旅と」(上林暁)"本気の勉強"より中川一政の言葉を抜粋)

「私はそれらをなめるようにながめる。本箱の前に立ってながめることもあれば、座ったり寝そべったりしてながめることもある。帰省中には、それを何度もくり返す。そうして背表紙が並んでいるのをながめるだけで、私は陶酔に満たされる。時々勝手に引き抜いては、見返しやトビラや目次や奥付を見たり、パラパラとめくってみたりする。数ページ、その場で読み入ることもある。」(「文と本と旅と」(上林暁)"故郷の本箱"より抜粋)

最後の文は、古書収集に熱中する上林が家の本棚に収まりきらない本を故郷に送っていて、たまに帰省してはそれらの本が並ぶ棚をうっとり眺める様を書いたものだけど、自分もこうやって家の本棚をうっとり眺めることが多いので、その気持ちめっちゃ分かる~となった。できることなら上林の本棚を本人の隣で見せてもらって、一冊一冊どこでどうやって手に入れて、どんな思い入れがあるのか聞いてみたかった。

おめでとう

  • 2022年12月10日
シュシュ6回目の誕生日。

保育所で発表会があって、ネーネーと見に行った。保育所生活最後の発表会ということもあり、入所当初はヨチヨチだった子どもたちの成長を感じて、わたしも周りの親たちも泣きまくり。シュシュは緊張した面持ちながらも、大きな声で歌い演じていて、まわりの友達をフォローしたりと立派だった。とてもよくできていたと思ったけれど、本人いわくセリフが一箇所が飛んだらしく、咄嗟にアドリブのセリフを入れて急場をしのいだそう。「ハゲワシに手伝ってもらおう」とうセリフ。やるう~。

昼前に帰宅し、そのまま車でマクドナルド&ジョーシンという子どもたちのお気に入りのコース。ハンバーガーを食べて、ジョーシンでシュシュにメガネザルのアニア、ネーネーにポケモンカードを買った。ちゃっかり自分も水星の魔女(ガンダム)のプラモデルを購入。年越し恒例の、紅白を見ながらのプラモデル組み立てを今年も楽しみにしている。

夜はお寿司とケーキで誕生日会。ローソクをフーッとやって、ケーキを食べるのはわたしと妻。子どもたちはあまりケーキを好きではないので、大量のいちごとみかんを食べていた。

シュシュが寝る瞬間までニコニコしていて、こうやって一緒にお祝いできて幸せやなあとしみじみしながら寝ました。

中止

  • 2022年12月08日
7年分の日記漫画をまとめた本をつくった。全486ページ、分厚さも相当なもので、3.5センチある。少年ジャンプより厚い。積み重ねてきたものの重さを感じてしみじみした。

それと同時に、コロナ隔離中にこさえた絵本も届いた。こちらはケチって安い印刷会社に製本依頼をしたので、絵本とはいえない安っぽい仕上がりになってしまった。でもまあ、初めて作ったにしてはなかなか思う通りにできたと思う。何より、「絵本」という新しい試みをスタートできた喜びが大きい。やったぜ。

と思っていたら、諸般の事情により仙台で予定していた作品展が中止になった。ギャラリーチフリグリのIさんに多大なご迷惑をおかけしまった申し訳なさと、もろもろのやりきれなさで気持ちがドーンとなった。

今年はスケジュール帳に何度、「中止」という文字を書き込んだことか。もう溜息すら出ない。気持ちを切り替えて、前向きにやっていくしかない。

年間を通じていろいろと消化不良になってしまったけれど、そのおかげで考えを整頓する時間が随分とあった。ものづくりをする上での自分の指針のようなものも見えてきた。

・アイデアは深く考えて簡潔に表現する
・積極的に未体験を体験する
・誠実に、誠実に

とても単純なことだけど、これを言語化できたのは大きい。

「インタビュー」(木村俊介)を読んだ。数多くの名インタビューを手掛けてこられた木村さんのインタビュー論。わたしがインタビューをする機会はまあないけれど、商談などの際のコミュニケーションについて参考になった。特に印象に残ったのが、以下の箇所。

「『上に上に』と向上心があったり、あるいは使命を帯びたようにものを作り続けている人たちというのは、それなりに『負け続ける人』でもあるんじゃないかと思うんです。負けて、成長する。だから、次に行けるという人たちなんじゃないか。勝ちより負けのほうを覚えている人が、進んでいく人になるんじゃないか、と」西尾維新さんと羽海野チカさんの対談の中での西尾さんの言葉。

「取材者として多くの人の認識を聞いて調べるうちに、私の考えが変わったのは、この「同じ事実についての話」に対してのものだった。人は、ラップミュージックや漫才の一作品ずつを推敲して練りあげていくのとも似ているぐらいのプロセスで、同じような話を時には何度も続けて語るなかで視点や理解を磨いていくことが多いようだと気づいた。」(以上、「インタビュー」(木村俊介)より抜粋)

オシャレなカッフェ

  • 2022年12月07日
今日の昼ごはんはゆっくり本を読める落ち着いた場所にしようと思い、普段行かないようなオシャレなカフェに行った。パスタとサラダとコーヒーのセットで約2,000円。パスタが「おままごと?」というくらいのサイズ感で、しかもパスタの上に山盛り乗っている赤い紐みたいなほっそいやつ(おそらく赤唐辛子をなんらかの工程を経て紐みたいにしたやつ)がありえないほどに辛くて、汗だくになりながら食べた。パスタ1本に対してほっそい紐50本くらいの割合だった。どうにか食べきって、そこでサラダが届いていないことに気づいた。カウンターにサラダをお願いしに行くと「申し訳ございません」とすぐにサラダを渡された。見本の写真ではちょこんとポテトサラダが載っているんだけど、渡された実物のポテトサラダは日本昔ばなしの白ごはんのように鬼のように盛られていた。お詫びの気持ちを載せてくださったのかもしれないけれど、それにしても気持ちをこめていただきすぎだった。昼休みの終了時間間近だったので、必死で食べた。

結局本は1ページも読めなかった。

ナンのおかわり

  • 2022年12月06日
勤務先の近くに定期的に店員が入れ替わるインドカレー屋さん(おそらく就労ビザの期限などの理由)がある。そのタイミングの店員によってカレーの辛さが乱高下するので、毎回ロシアンルーレット的な感覚で通っている。前回は救急搬送されそうなほどの辛さで心身ともに痛い思いをして、それから随分長いこと(一年くらい?)行ってなかった。ふとインドカレーが恋しくなり、行った。

今回はとてもいい塩梅で、チキンカレーもほうれん草のカレーもおいしかった。店員さんと目が合う度に「ナンおかわりいるか」と聞かれ、デフォルトの1枚(超巨大)だけでおなかがパンパンになるのでお断りするのだけれど、その度に悲しそうな表情をするので申し訳ない気持ちになる。

ホクホクした気持ちでお会計に行き、ナンおかわりいるか店員さんがちょうどレジの近くにいたので「すいません」と声をかけるとものすごいジャンプをして奥の部屋に消えていった。餓狼伝説のライン移動(※1)の動きそのものだった。

ライン移動をして店員が消え、別の店員がアーハイハイと言いながら出てこられたので、お会計をして店を出た。

おそらくナンおかわりいるか店員さんは、レジのお金を触ることを許されていないのだと思われる。故郷から遠く離れているであろうこの国に来て、お会計を依頼されるたびにライン移動を重ねるナンさんの背中を思い出し、切ない気持ちになった。

次回行くときは、ナンを絶対におかわりして、彼の笑顔を見たいと思う。

(※1)1991年にSNKが発売した格闘ゲーム。2D格闘でありながら「手前」と「奥」の概念が存在し、ライン移動という動きで「手前」と「奥」を移動することができる。ヴォルフガング・クラウザーが使う「カイザーウェーブ」というえげつない技をかわす時に有効。

濃厚接触

  • 2022年11月24日
とうとう我が家にもコロナ襲来。濃厚接触者となり、家族で5日間家に引きこもった。

濃厚接触連絡の翌日には茨木市より大量の救援物資が届く。シルバー人材センターのおじいさんが「重い~」と言いながら玄関に積み上げてくださった。とてもありがたかった。さらに翌日には大阪府からも物資が届いた。家から一歩も出ず、ひっそりと家族で過ごした。こんなにあっさりと世の中と断絶してしまうものかとあっけにとられた。暇と元気を持て余す子どもたちとはひたすらUNOに勤しんだ。本当にUNOくらいしかしていないのに毎日朝が夜になって、何をしていなくても何も考えていなくても、確実に時は過ぎるものだなと妙に関心してしまった。

ちなみにこの5日間で家族で一番盛り上がった瞬間は、救援物資に入っていたドライアイスを、水を張ったボウルの中に放り込んでブクブクと煙が立つのを皆で眺めているとき。刺激が他になさすぎて、ひたすら夢中になって煙を眺めた。

自宅隔離生活最終日。このまま何もないまま終わるのはいやだなと思い、絵本を作った。子ども達が寝ているうちに、下書きなしでコピー用紙に25枚ほど絵の具で絵を描き、ドライヤーで乾かしてすぐにスキャンして、レイアウトして印刷会社に入稿。作業開始から入稿まで5時間という、超スピード製作だった。作品名は「いしですねん」。絵本は漫画やエッセイと違って、最終的に読み聞かせをする人の声や演技によって物語が完成するところがとてもおもしろいなと思っていて、いつか作ってみたいなと思っていた。だから、完成してとても嬉しかった。

「スミスの本棚」(テレビ東京報道局)、「”ひとり出版社"という働きかた」(西山雅子)を読んだ。

「スミス~」は著名な人たちが自身お気に入りの一冊を紹介する本で、谷川俊太郎さんが元永定正の「ちんろろきしし」を挙げてらした。

「ほとんどの人は言葉に意味を探すし、意味が大切だと思っているけれど、この本にはまったく意味がない。文字の音と、形だけ。でも、そうしたものも言葉のある側面だということに気づく。」(「スミスの本棚」より抜粋)とおっしゃっていて、俊太郎ー!(敬称略)と思った。

あとは華道家の池坊由紀さんが紹介してらしたローズ・F・ケネディ「我が子ケネディ」がとても良かった。ケネディ大統領の母であるローズ・F・ケネディ。子が大統領になるという偉業を成すも暗殺されるという、過酷な試練をたくましく乗り越え生きた人。孫たちとの関わる中での一節「私は孫たちが、人生の時間が短く、あらゆる日も、あらゆる時間も貴重であることを理解するように望む。生きている間、その義務と美しさにおいて、完璧に生きることを希望する。」という言葉にとても重みを感じた。

皆既月食

  • 2022年11月08日
帰り道、なんか道行く人々が空を見上げて写真を撮ったりしていて、「UFO?」と不思議に思いながら帰宅すると皆既月食とのこと。ごはんを食べた後、みんなで月を観察した。

シュシュは「おつきさまがたべられて、うさぎさんがしんぱい」と言っていて、そのピュアさ命がけで守るからねと思った。

皆既月食の時はぼんやりした赤色だった月は、月食後真っ白に光り輝いていて、ネーネーと寝る前に「すっごい光ってるね」と言い合いながらしみじみと寝ました。

大江戸温泉

  • 2022年11月05日
定時ダッシュで退社して、帰宅後家族で大江戸温泉へ。子どもたちがとても気にいっている大江戸温泉に、金曜日夜~宿泊にてプチ旅行を決行した。大阪いらっしゃいキャンペーンというのが始まって、宿泊費が大幅に割引されたり金券クーポンがもらえたりするので、こら行っとかなアカンやろということで。ただやはり平日帰宅後旅行というのはあまりにもドタバタして、ゆっくりできなかった。不完全燃焼で、子ども達にも申し訳ないことしたなあと思う。

とはいえ、温泉にも入れたしとても楽しかったし、晩ごはんの時にはシュシュのダブルピースもいただきました。

エキストラ

  • 2022年11月03日
10時に三宮に行き、某ドラマのエキストラに参加。公開されるのが来年なので、現時点で詳細は書けないけれど、昭和初期の建築物内で、夕方17時頃まで撮影があった。ちょうどこないだ観てた仮面ライダーBLACK SUNで個人的に一番格好良かったと思っていた俳優さんが主演されていて、心の中でウォ~と思いながらも、淡々と演技をした。

今回の撮影は俳優3名、エキストラ男性8名という小規模なもの。撮影会場も非常に狭く、エキストラの面々は直射日光が降り注ぐ温室のような場所で直立不動で待機せねばならず、あまりにも過酷だった。衣装担当の人(今回は各自に衣装を用意していただいていた)もヘアメイクの人も挨拶や質問をしても完全無視で、全体的に人間扱いしてもらえていない印象だった。

そんな過酷な状況ゆえ、エキストラ同士の連帯感のようなものが強く、特にその中でSさんという人と仲良くなった。待ち時間はひたすらにお互いの普段の生活について話しあった。Sさんは神戸市内でSEをしており12月に結婚式を控えている。新婚旅行は本当は海外に行きたかったけれど、このような状況(コロナ禍)なので国内旅行になるかもとのことだった。エキストラに参加するのは初めてのことらしく緊張しておられたけれど、演技はとても自然なものだった。

ドラマは1月に放映されるそうで、大々的に告知も始まっている。Sさんがいなかったら、このドラマの情報に触れるたびに、無視スタッフのことを思い出して胸がチクチクするところだった。

東京

  • 2022年10月30日
昼過ぎ東京駅到着。子どもらのおみやげをピャッと手配して、神保町へ移動した。3年ぶりに開催されたという、古本まつりへ。

道路いっぱいにいろんな古書店や出版社が出店していて圧巻だった。どこを見ても本、本、本。そして本好きであろう人達が黙々と選書をしている光景については、なかなかこみあげるものがあった。30分ほど散策して、本を10冊ほど購入。立ち食いそばでたぬきそばを食べて、東京ドームへ移動。

いよいよ本日の大本命である、デリシャスパーティープリキュアライブ。予定よりだいぶ早く着いたので、コメダ珈琲で仮面ライダーBLACK SUNを観ながらしみじみとシロノワールを食べた。

17時半に開場。前から4列目かつ最推しの井口裕香さんの目の前ということもあってか、始まった瞬間から泣き叫びまくり(正しくは、コロナ防止により発声が禁じられているので心の中で泣き叫んでいる状態)、全身汗だくでライブを終えた。出演者の方々が何度も観客にお礼を言っていて、その度に「お礼を言うのはこっちのセリフ!」と心の中で叫んだ。MCも、それを見守る観客も、すべてが暖かくて素晴らしいライブだった。

ライブは21時前に終了。最寄り駅21時7分発の電車に乗らないと今日中に大阪に帰れないので、心臓がちぎれそうなほどに鬼のダッシュをかました。

無事間に合って、新幹線で仮面ライダーBLACK SUNの続きを観た。シャドウムーンの変身と濱田岳演じるクジラ怪人が格好良すぎた。

全体的に色味が黒かった(暗かった)せいで、タブレットの画面にずっと自分の顔面が反射して映っていたのが怖すぎました。

紫色フラペチーノ

  • 2022年10月24日
妻がスターバックスの紫芋フラペチーノを持ち帰っていて、少し飲ませてもらった。子どもたちも飲んでいて、特にシュシュがカップをベテランサックスプレーヤーの如く上に持ち上げて飲んでいて、一滴も逃すまいという強い意志を感じた。

その後シュシュを抱っこしたら、ほっぺたやおでこ、髪の毛など顔の全部分から芋のにおいがして最高でした。秋がきたなあって感じ。

家族の会話

  • 2022年10月20日
「戦後日記」(三島由紀夫)を読んだ。一緒に暮らしている猫のこと書いているくだりで「岡山県の或る愛猫家の老婦人から、私の猫の噂をきいたという手紙をもらい、猫の足を印肉におしつけて、スタンプ入りの返事を書いたら、今度は、「猫に上げてくれ」という口上で、結構な鯛の浜焼をいただいた。猫には一つまみだけやって、人間どもが、たちまち平らげてしまった。実に美味かったが、これもこの猫のおかげである」(「戦後日記」(三島由紀夫)より抜粋)とあったのが良かった。あとは土産屋で買った怖いお面をつけて皆を驚かせにいったりと、随所に三島由紀夫のユーモアが感じられた。

朝食のとき、子どもたちが食前に体重を測って、食事の重さも測っている。理論的には食後はちょうど食事分体重が増えているはずなのに、食後測ってみても体重が食前と全く一緒だった。じゃあ、いま食べたものはどこに?と頭を悩ませていて、この世にはまだまだ不思議なことがたくさんあるんだなと思った。

夕食のときに子どもたちが学校や保育所の話をしてくれるんだけど、ネーネーは「国語の時間に国語辞典をパッと開いたらたまたま「おしり」のページでおしりの絵があってびっくりして閉じちゃった」と言っていて微笑ましかった。シュシュは自分の語彙の中にない言葉を表現するとき、自分で考えた言葉を使うことがある。今日は川で見たバッタが川を飛び越えていきそうなほどの大ジャンプをした話をしてくれて、「バッタの"とびさ"がすごかった」と言っていた。たぶん飛んだときの高さのことだと思う。すごいとびさやったんやねと言うと、「うん」と嬉しそう。こういう、愛しさしかない会話に救われる。

子どもたちはたくましく生きている。

堀廣旭堂

  • 2022年10月15日
天気が良くて暑い一日だった。

早起きをして漫画を描いて掃除洗濯ガーガー、実家から枝付きの枝豆が届いたので、シュシュと身をモギモギ。11時に髪を切りに行って、帰りに堀廣旭堂に寄った。明治27年創業、川端康成も通っていたそうで、よく日本の本屋特集などに掲載されている名店。自分の行くタイミングとお店の営業日が噛み合わずで、お店に入ったのは初めて。

たくさん本屋に行ったけれど、やっぱり「書店員の意思」のようなものを感じる本屋が好きだ。ポップや本の選び方、並べ方を見ているとそれがすごく伝わってくる。堀廣旭堂も「意思」を感じる店だった。店番の3人の女性たちが楽しそうにおしゃべりしながら仕事をしていたのも良かった。「小さな恋のものがたり」(みつはしちかこ)と「漂流」(角幡唯介)を購入。

ラーメンを食べて、昼からはのんびり。夕方ネーネーの音楽教室に行き、授業時間中は喫茶店に行って本を読んだ。読んだのは「こどものみかた」(柴田愛子)、保育の仕事を長いことしてらっしゃるあいこさんが福音館書店「母の友」で連載していらしたものをまとめた本。子ども達とのエピソードの数々に胸が弾け飛びそうになった。

印象に残ったエピソードは、雨で遠足が中止になった日の話。ふくれている子どもに理由を聞くと遠足が中止になったことに対してではなく、中止にすることを「おとながかってにきめた」ことに対して怒っているらしい。その後、あいこさんは子ども達と話し合いをして、延期になった遠足の日がまた雨だったらどうするか?を子ども達に決めさせるということをしてらした。

ちょうど昨日書いた、徳谷さんの本の「自己決定」に通じるエピソードだなと思う。

あとは子ども同士のけんかについて。

「けんかはときとして身体に傷を残します。でも、心に傷を残すことはめったにありません。本来、言葉の前に身体で表現してしまうのが子どもです。けんかをする子はいけない子ではないのです。けんかをしながら、心は十分育っているのです。」(「こどものみかた」(柴田愛子)より抜粋)

家で子ども達がけんかを始めるとすぐに止めてしまうけれど、それもあんまりよくないのかなと思った。けんかを止めると、両者とも不満げな表情をする。よかれと思ってやっていたけれど、モヤモヤが未消化のままってしんどいだろうなあ。けんかを見守り、適切なタイミングで関わるようにしよう。

夜はたこ焼きパーティー。子ども達が焼いてくれたので、わたしは食べるだけ。

おまえの俺をおしえてくれ

  • 2022年10月14日
以前、といっても随分と昔に一緒に仕事をさせていただいたサイボウズからサイボウズ式10周年記念グッズをいただいた。タンブラーとバスソルト、なんとも粋なことをする会社だなと思う。編集長の藤村さんは同い年。扶桑社から出ている藤原さんの書かれた「未来のチームの作り方」という本が良くて、何度も読み返している。

「おまえの俺をおしえてくれ」(徳谷柿次郎)を読んだ。装丁といい本の分厚さといい、たたずまいが素晴らしい本だった。ただ本文のレイアウトにこだわりがあって、それが逆に読みにくくて大変だった。ロッキンオンの2万字インタビューの20万字バージョン。徳谷さんの「念」のようなものが籠もっていて、ガチンコでぶつかり合いながら読み進めていく感じだった。

同い年の徳谷さん、同じ関西出身とあって勝手に親近感を抱いている存在だった。40歳という節目の誕生日に半生を振り返る本(本書籍)を出されたとあって、自分もその日(12月)までに何かやっておきたいなあとぼんやり考えた。

「人生は短い。生きる情動の火もまた儚い。目の前にある「おもしろそう」の陽炎を追い続けて、たとえ途中で息絶えたとしてもかまわない。凡人は凡人なりの闘い方がある。手札のカードを守ろうと必死なおじさん共を社内のゲームから引きずり降ろそう。そのためには強いデッキが必要だ。カードを引き続けたやつだけがゲームで勝てる。」(「おまえの俺をおしえてくれ」(徳谷柿次郎)より抜粋)

とてもヒリヒリする言葉だ。

あと印象に残った箇所が2つあって、ひとつは「経営者は膀胱が強い説」に対する言及。これは本当にいつも思っていたので、なるほど!と思った。要は飲み会などに行くと経営者は全然トイレに行かない、それは何故?膀胱が強いのか?という疑問なんだけど、要は飲み会にいる偉い人ほど自分が喋りまくるので全然お酒を飲まない。話を聞く側は、話を聞きながらガブガブお酒を飲むのでトイレに行きたくなってしまう、ただそれだけの話ではないかということ。文字にすると単純なんだけど、視点がシャープだなあと思う。

もうひとつ印象に残ったのが「自分の人生を自分の意志で決めてこれたかが幸福度につながっている」という言及箇所。要は、自己決定の繰り返しによって自信も持てるようになるし幸福度も上がる、逆に他人に敷かれたレールを進む生き方では幸福度は上がらないのでは、という話。これは言われてみれば本当にそうだと思うし、今後の子ども達との関わりの中で非常に重要なキーワードではないかと思った。

びわはく

  • 2022年10月10日
9時半に家を出て、車で琵琶湖博物館まで。1時間ちょっとでついた。

博物館は既視感があって、「あれもこれも…デジャヴ!」と思いながら見てたけど、よく考えたら10年以上前に会社の社員旅行で来たことがあったのだった。とても見応えがあるし、何より要所要所で子どもたちが楽しく遊べる装置があったり、フォトスポットもあったりして良かった。シュシュは縄文人とニッコニコで写真を撮っていた。ネーネーは展示のジオラマに興味があるようで、ひとつひとつ写真に収めていた。最後に水族館のようなゾーンもあり、巨大チョウザメもいた。お土産、ネーネーは博物館のボールペン、シュシュは水に溶かすと中から人形が出てくるやつと危険生物のガチャガチャ、わたしはオレンジ方解石というやたら美味しそうな鉱物と博物館のペーパーウェイトを買った。

すべて見終わると13時半頃になっていて、大津ICで昼食をとった。とても大きなICで、子どもたちはマクドナルド、妻は王将の定食、わたしはカツが2枚乗ったハイパーカロリーのカツ丼を食べた。

旅行自体も年に1度くらいしか行けてないけれど、日帰りでのお出かけもひさしぶり。

「傷を愛せるか」(宮地尚子)を読んだ。精神科医師の宮地さんによるエッセイ集。患者と向き合うように、ていねいに書かれた文章が印象的だった。

「細胞が減数分裂を起こすとき、いったん細胞膜は閉じて、内外の物質交換を停止するのだと、ずっと昔に教わった記憶がある。」「変わるときというのは、変化にほとんどのエネルギーや注意を費やさなければならない。」「だから、変わるときには閉じなければならないのだ」「だれとも会う気がせず引きこもり傾向にあるとき、ただぼうっとしてなにも建設的なことができないとき、ただ時間を無駄にしているような気がするとき、そのメッセージを思い出すと落ち着く。」(「傷を愛せるか」(宮地尚子)"開くこと、閉じること"より抜粋)

「宿命論と因果論はたしかにどちらも、トラウマをあつかう場面や、広く医療現場全般において、よく使われていることに気づく。事故や重病に見舞われることに理由はあり、同時に理由はない。回復するかどうかは努力次第であり、また運次第でもある。過去を受け入れ、同時に未来への希望を紡ぎつづけるには、おそらくほどほどの無力感=宿命論と、ほどほどの万能感=因果論を抱え込むことが必要なのだ。両方を共存させ、納得しやすいほう、生きていくのが楽になるほうを、そのときどきで都合よく使い分けることが重要なのだ。」(「傷を愛せるか」(宮地尚子)"宿命論と因果論"より抜粋)

一寸先は光

  • 2022年10月09日
一日お暇をいただいて「生誕100年 元永定正のドキュメンテーション -Riding on a time machine-」を観に宝塚市立文化芸術センターまで。JR宝塚駅から歩いて15分くらいだった。

途中、異様に姿勢がビッとなったママチャリの女性がスーッと横を通り過ぎたので、姿勢良~っ!と思ってよく見ると、(ほぼ間違いなく)宝塚歌劇の人だった。所作があまりにも気品に溢れてすぎていて、ママチャリなのに白馬に見えた。

白馬を見送り、手塚治虫記念館を通り過ぎて宝塚市立文化芸術センターに入った。お客はわたしを含めて4人ほどで、じっくりゆっくり鑑賞することができた。作品を生で観られたことに感動し、制作風景の写真のアクロバティックさに少し笑ってしまい、仲間と撮った写真のチャーミングさに胸がきゅっとなった。

全身に芸術を浴びた。とてもエキサイティングな時間だった。力が漲った。出口には元永さんのメッセージ。「一寸先は光」

その後歩いて宝塚駅を目指しているうちに道に迷ってしまい、阪急の全然知らん駅についた。西宮北口まで行き、梅田まで。煮干しラーメンを食べて、御堂筋線と京阪電車を乗り継いでFOLK old book storeと子どもの本屋ぽてとに行った。「ココロのヒカリ」(谷川俊太郎・元永定正)、「おまえの俺をおしえてくれ」(徳谷柿次郎)、「ちょっと来てトモちゃん」(樹村みのり)、「こどものみかた」(柴田愛子)、「エトセトラ」を購入。ぽてとは何気に初めてだったけど、ほしい本だらけ。とても良い本屋さん。吉村くんともおしゃべりできた。

お隣のnew pure plusに行き、ちえちひろ展を観る。グッズを購入するとくじ引きができて、なんと手ぬぐいが当たった。ちえちひろがイラストを手掛けた、西九州新幹線嬉野温泉駅開業記念のしびれるデザインのやつ。

外は大雨だったので、本が濡れないように胸に抱いて駅まで歩いた。16時頃にネーネーから「何時に帰ってくるの!おそいよ」とメールが届いたので、ダッシュで帰宅。お風呂に入って、布団でごろごろして寝た。

ザ・休日って感じ!

本のしっぽ、ビシャビシャ焼きそば、ねぎからきのこ

  • 2022年10月05日
シュシュが保育所でかぶっている帽子がボロボロになったので買い替えたはいいけれど、シュシュには少しサイズが小さかったようで、帽子をサイズアップさせるべく、家でわたしがその帽子をかぶっている。10分ほど被っていると頭がギリギリと痛む。孫悟空の気持ちが少しわかった気がした。

おネギを植えているプランターからきのこが生えた。朝、なかなか起きずにグズグズしているシュシュに「プランターにきのこ生えてしまったよ」とこっそり教えると目をバチン!と開けてスタスタ歩いてゆき、プランターを見て声を上げていた。シュシュはこういう、突然現れる非日常的な出来事にとても興味を示してくれる。このきのこが食べられるのか食べられないのか、それから手で触っても大丈夫なのかをしきりに気にしていた。

今日は仕事で谷町四丁目まで行ったので、そこでお昼を食べた。1年近くぶりに行ったら、飲食店が激減していた。なんとか見つけた中華料理屋で焼きそば定食を食べた。ビッシャビシャの焼きそばだった。そのビシャそばがなんともいえないほどに美味しかった。店の照明がチカチカしているし、いびつなレイアウトだったけれど、なんとも雰囲気があって良い店だった。850円。

夕方帰宅すると、ネーネーはゲームブックを作っていた。まだ未完成だけど、とっても面白そう。シュシュが本棚の本から垂れる「しおり紐」を見て「あれは何?」と聞くので、「ひもだよ」と言うと「本のしっぽだね」と言っていた。

「パニック・裸の王様」(開口建)、「奇跡の本屋をつくりたい」(久住邦晴)を読んだ。

「パニック」は、表題作の生々しさも良かったけれど、個人的には「巨人と玩具」が良かった。「奇跡の~」は、かつて存在していた札幌の本屋「くすみ書房」店主によるもの。ちょうど先日読んだ「思いがけず利他」筆者の中島さんも寄稿されている。窮地に立たされた本屋が、久住さんが仕掛けるユニークかつ真摯な企画により復活を遂げる様が描かれている。こんなに素晴らしい本屋さんなのに、今はもう無い。久住さんも、もうこの世にはいない。

「苦しくて、袋小路に入りこんだとき、本を読むことで心の間口が広がったことが、人生には何度もあった。大きな海に出るような本との出会いを、地域の大人として何とか応援したい」「本屋に行って目に飛び込んでくる本というのは、今の自分にとって一番必要な本だと言えるのだそうです。」(「奇跡の本屋をつくりたい」より抜粋)

青春とは

  • 2022年10月02日
ネーネーが最近よく小説を読むようになった。そこで出てくる「知らない言葉」についてよく質問される。先日は「青春って何?」と聞かれ、妻と返答に窮してしまった。辞書には「夢や希望に満ち活力のみなぎる若い時代を、人生の春にたとえたもの」とある。しかし実体験としては若い時代って夢や希望に満ちあふれているわけでもないし、悩みも多く抱えるわけで、それもひっくるめて全部が自分の中では青春時代という認識がある。

資格試験の勉強などをしていた時に「ああ、これは青春に似ているな」と感じたことがあって、いま振り返って考えてみると、同じ教室に同じ志を持つ仲間がいて一緒に頑張っている、そのことが青春とよく似ているなと感じたポイントなのかなと思う。

しらんけど。

利他とは

  • 2022年10月01日
10月の始まり。早起きをしたネーネーと1時間ほど散歩。ファミリーマートでパンを買って帰った。9時過ぎにシュシュと妻は眼科に行き、わたし達は家の掃除。ローソンに行き、プリキュアライブのチケットを発券する。タカラトミーから株主優待のミニカーが届く。子どもたちと、ペットボトルのフタと米でマラカスを作る。シャカシャカ鳴らして踊る。

昼過ぎに焼肉屋に行く。子どもたちとわたあめ作りに夢中になる。わたしが作るの下手すぎてえげつない形のわたあめになったけど、子どもたちが「猫のしっぽみたいでかわいいね」と言ってくれて笑顔になる。一旦帰宅した後、図書館に行く。ネーネーがクラスメイトと出会うのを恥ずかしがって、本棚と本棚の間を移動するときにスパイのような動きをする。スーパーマーケットにあるガチャガチャをする。ネーネーが生まれて初めて自分のお小遣いで自販機でジュースを買う光景を動画に納める。「これ飲んでもいいけど、飲んだら500円もらうからな」と言われる。

夜、子どもたちが押入れで寝たいと言うので懐中電灯をぶら下げてやる。子どもたちの小さな声を聞きながら、あれやこれや作業をする。シュシュが突然「高校生になったらひとりでお風呂入らなあかんから、今日からひとりで入るわ」と言い、ほんまにひとりで入る。妻とふたりでオロオロする。子ども達には時々こういう、未来への階段を突然駆け上がる瞬間がある。こちらはその覚悟もできていないので、毎回だいぶ寂しい。

「思いがけず利他」(中島岳志)を読んだ。とってもとってもとーっても、いい本だった。

身の回りにいる「利他」を翳す人の中に言いようのない違和感を感じる人がいて、その違和感について知りたくて手に取った本。違和感の正体はその人が掲げる「利他」の中にある「利己」だった。

利他とは、発する側が悟るものではなく受け手の思いによって起動するもの。利他はオートマティカルなもの。利他の根底にある「偶然」という問題について。「意思」ではなく「情動」による行動。そういう、ややこしそうなテーマについて落語「文七元結」や宇多田ヒカルの「Automatic」などを交えてとてもわかり易く書かれていらした。


Tシャツから肉のにおいがする。西野カナの曲を爆音で聴きながら、この日記を書いた。

BOY

  • 2022年09月29日
あちこちで金木犀の香りがしたという知らせが届いている。急に秋めいてきたな。

「英語日記BOY」(新井リオ)を読んだ。

新井さんは我流の英語勉強法を生み出し(それがなんとも現代にマッチングした素晴らしい勉強法だった)、それをコツコツと実践して英語を習得し、現在はロンドンで活動されている。この本はその英語勉強法にフォーカスしたものだけれど、要所要所に新井さんの哲学が散りばめられていた。『「人を救う」という意識』という節で新井さんはこう言っている。

「どう働けばいいかわからなくなったら「どうしたらお金を稼げるか」ではなく「自分は何で人を救えるか」を考えてみる。自分の興味を突き詰めた結果、人を救えるほど質の高いものを生み出し、自分の作ったもので社会をよくできたら、なんて素敵だろうか。」

また「おわりに」では、ご自身のバンドのお客さんから受けた人生相談に対する新井さんの言葉があった。

「僕自身まだ若く未熟であり、自分でも何が正解化わかっていないところがありますが、おそらく『やってみたいことがある』というのは想像以上に貴重な感情であり、一般的に『やらないといけない』とされていることよりもずっと大切にした方がいいんだと思います。それこそ、親や友人がなんと言おうと。僕は、やりたいことをやってみた上でわかった辛さと楽しさの上にいま、生きています。すごく生きている感じがします」(以上、「英語日記BOY」(新井リオ)より抜粋)

新井さんが20代にして気づいたこの真理に、わたしは40歳手前にしてようやく気づいたところ。まさしくやってみたかったことに対して動き始めたところだったので「いや、ほんまそれな」と心の中で絶叫しながら読んだ。

プリキュア

  • 2022年09月25日
朝からネーネーとプリキュア映画。ネーネーは、いよいよプリキュア映画に積極的ではなくなってきた。しゃあなしで一緒に行ってあげるわくらいのテンション。

コロナ対応の1座席空けは無くなり、映画館は超満員だった。ただ発声は依然として禁止されており、プリキュア映画の醍醐味である「子どもたちが大声で応援しながらミラクルライトを振る」というあの美しい光景は見られず。映画自体は、とても素晴らしかった。2回泣いた。

マクドナルドで昼食をとって、帰宅。

「北欧こじらせ日記」(週末北欧部chika)、「元公安捜査官が教える「本音」「嘘」「秘密」を引き出す技術」(稲村悠)を読んだ。

「北欧~」はフィンランドのことが好きでたまらないchikaさんが、移住を決意し、そのために寿司学校に通い寿司を握る技術を得て、英語を学びやがてフィンランドの寿司屋の面接を受け合格し、移住の夢を叶えるところまでが書かれている。わたし自身はフィンランドにそこまで興味がないので、最初はふぅんという感じで読んでいたけれど、これはフィンランド大好き本というよりも、ひとりの人間が夢に向かって努力を重ね、まわりの人達にも支えられ、失敗や挫折を経験しながらも最後は夢を叶えるといったとてもドラマチックな本だった。本のつくりにもこだわりがあって、背表紙がないので本が開きやすい仕様になっていてとても良かった。

対して「元公安~」はタイトルは不穏だけれど、信頼関係を築くためのコツのようなものが書かれていた。ミラーリングといって、人は自分と共通点がある人に親近感を持ってしまうそうで、それを逆に利用してターゲットと会う時はターゲットと同じ柄のネクタイをしたり、事前に調べておいたターゲットの「趣味」の話をしてみたり(この場合、ターゲットに「趣味はなんですか?」と聞くより「わたしの趣味は○○なんです」とこちらから話す方が効果的らしい)、まあそういうことをスパイの人たちはやっているらしい。あとはターゲットと初めて合う一週間前くらいに、街中でターゲットの目の前で手帳などを落として拾ってもらい、次に会った時に「初めまして…じゃないですよね?あ、先日手帳を拾っていただいた方!」というアプローチをすると、心の距離が一気に縮むというもの。スパイすご、と思った。

祝日

  • 2022年09月23日
気圧のせいか体調もグズグズ。今日はひたすら布団に貼り付いて過ごした一日だった。家族それぞれが、それぞれの場所で思い思いの過ごし方をした。わたしは本を読んだ。

「仕事本 わたしたちの緊急事態日記」(左右社)を読んだ。様々な職種・立場の77名の人々が緊急事態宣言が出たあたりの時期に書いた日記をまとめたもの。すごい仕事をされている方もいらっしゃったりするものの、未来に不安を抱えたり、政府の対応に怒りややるせなさを感じたりしていて、立場は色々でもみんな同じだったんだなあとしみじみした。みんな、わりと同じタイミングで激怒していた。(首相が星野源の音楽に合わせて撮った動画をSNSにアップした日)

わたしはというと、当時の日記を見ていると翻弄されながらも、家族のおかげでわりと平穏に暮らしていたようだった。

「仕事本」の中でも特に良かったのがイラストレーターの新井リオさんの日記。「ヨーロッパでアーティストとして成功したいと、たしかに思っていたのだけれど、結果(=こうなりたい)だけを目標にしていると、自分の手の届かない要因によってそれが叶わなかったとき、一直線で不幸になったりする。」という一節が印象的。その場で新井さんの本「英語日記BOY」をポチった。

あとは作家の浅生鴨さんの日記も良かった。「どうして小説にせよ映画にせよ、あんなに「伏線の回収」が支持されるんだろう。僕は回収されるよりも投げっぱなしになっているほうがやっぱり好きだ。腑に落ちないもの、わからなかったもの、そういうものが僕には残る。回収される伏線は物語の中に留まってしまう。回収されない伏線こそが僕に向かってくる物語の鋒だと思う。」というくだり、ほんまそれな!と首がもげそうなほどに頷いてしまった。

夜はサイゼリヤ。スパゲティーにチーズとオリーブオイルを大量にかけて食べたら最高に美味しかった。ペットショップでヤドカリを眺めて帰った。

学校説明会

  • 2022年09月22日
仕事の後、専門学校の説明会へ。4月から夜間で通おうか迷っているところ。新大阪駅から歩いて5分ほどのところにあった。

受付に行くとおじさんが上を向いて口全開でガーガー寝ていて、暴走しながら口から放射能火炎を空に向かって吐くシーンのゴジラのようだった。ゴジラの近くに行き、パンフレットをガサガサしたり自動ドアを何度も行ったり来たりして(外から入り込む風で起こす作戦)、自然に起きてくれるのを期待したけどどうしようもないくらい爆睡していたので、最後は起こした。「あのう、説明会に来たのですが…」と言うとゴジラはその体勢のまま目をスッと開けて、気まずかったのかこちらを見ることもなく無言で奥にスッと消えた。

やがて関係者の方が出てこられて、そこから90分ほどお話を伺った。専門学校なので受験することになるのだけれど、関係者の推薦状があれば受験料20,000円が免除される上に、科目試験も免除されるらしい。

家に帰って妻に聞いてみると、なんと妻の友達がこの学校の卒業生らしく、推薦状を書いてくださるとのこと!ありがとうございます。

今日はYahooニュースでわたしの漫画が取り上げられていたそうで、仕事中に後輩がこっそり教えてくれた。

こういうタイミングでは瞬間風速的にたくさんの方に注目されるけれど、やがて波が引いていくようにサァーと反応は消えていくものなので、あまり過剰に期待はしないようにしている。とはいえ、たくさんの人に漫画を読んでもらえるのは嬉しい。

ノモレ

  • 2022年09月21日
「ノモレ」(国分拓)を読んだ。アマゾン奥地の、近代文化と接触経験のない先住民「イゾラド」との接触の記録。何が驚くかというと、このイゾラドとの接触は古い昔の話ではなくて、2013年以降に起きた出来事だということ。

「ロメウ」というある村のリーダーの視点を中心に描かれている。ロメウは父の世代まではイゾラドであったけれど、近代化を受け入れ現在はスペイン語を話すようになった。そんなロメウの村の川を挟んだ対岸にある日「イゾラド」が出現した。ロメウは彼らを遠い遠い昔に生き別れてしまった同胞の末裔だと信じ、接触を試みる。彼らをつなぐ大切な言葉が「ノモレ!」である。イネ族の言葉で「仲間」を指す。アマゾン奥地では異なる部族がばったり出くわすことがあり、そういう時は互いに武器を向け合うのだけど、仲間なのかどうかを見極める基準は「言葉が通じるか」というところらしい。ロメウが初めてイゾラドと接触したときに「ノモレ!」と言うと通じたようで、それで生き別れた同胞の末裔だと確信したようだった。

毎回イゾラドとの接触は緊張感がえげつなくて、腹筋に力を入れながら読んだ。何回も読んだら腹筋バキバキになりそう。

3連休

  • 2022年09月19日
3連休。規格外の台風が来るぞというわけでベランダで栽培しているネギを避難させた。5月初旬から育てていたプチトマトとネギ。夏のうちにプチトマトは役目を終え枯れてしまったけれど、ネギだけはたくましく育っている。

台風直撃の日、朝のうちに出かけとこうということでシュシュと公園に行く。最近逆上がりができるようになったんよと見事にクルクル回って見せてくれた。今は走りなわとびの練習してんねんと、公園の中を走りまわりながらぴょこぴょこ飛んでいて、えびす顔になった。

15時頃に暴風域に入ったものの、大阪は静か。無風のときも多いくらいで、穏やかな気候だった。子どもたちとファミコンをして遊んだ。特に楽しそうにしていたのは、「サンリオカーニバル2」と「みんなのたあ坊のなかよし大作戦」、笑いすぎておなかがいたいと騒ぐほどの盛り上がりだった。18時頃まで遊んだ。シュシュはファミコンのことを「かびごん」と言っている。

ネーネーはこの連休で「五等分の花嫁」という作品を2クール分(24話)観ていた。良い連休の過ごし方~!と思った。

夜のうちに台風は過ぎ去ったようです。

わたほね

  • 2022年09月17日
「私の骨」(高橋克彦)を読んだ。ドラマ化されたりしたら「わたほね」と略されるんだろうな~と思いながら読んだ。

高橋克彦は「眠らない少女」がとにかくぶっちぎりに怖い話で、自分の中ではそれとラフカディオ・ハーンの「破約」が2大爆裂恐怖作品。しかし高橋克彦作品はいくつか読んだけど「眠らない少女」以外にビタッと自分にはまる作品があまりなかった。けど、「わたほね」は最高でした。こちら短編のホラー小説集なんですけどね、表題作の「私の骨」も良すぎるんですけどね、「おそれ」と「奇縁」がジワジワ系恐怖最高作品だった。やはり幽霊が出てくる話より、人間によってもたらされる恐怖を描いた作品が好きだ。

何のサプライズ?

  • 2022年09月16日
仕事の後、隣の市まで。指定された時間までだいぶあったので、駅から歩いて先方の事務所に向かった。結局40分以上かかって、なんとか事務所に到着。歩いている途中は「今日はどうやって来られました?」「駅から歩いてきました~」「えっ、結構距離ありますよ」「40分かかりましたけど、わたし歩くの好きなんで全然大丈夫です~」「帰りは駅まで車で送りますね」「イヤ~そんなん申し訳ないですわ~」「いえいえい気にせんとってください」「はあ、ほなら遠慮なく、お世話になります」という打ち合わせ冒頭のアイスブレークトークを妄想しながら歩いた。台風が近づいているせいか、風が吹いていて涼しかった。それでも汗だくになりながら、なんとか約束の時間10分前に到着。

先方の事務所は真っ暗だった。え、なんかのサプライズ?ここから突然電気がバー!と点いてウワー!ってなるサプライズ?と言えるくらい全フロア真っ暗。インターホンを押すと電気が点いた!ほらほらやっぱりサプライズ~!と思ったらセコムの防犯カメラの照明だった。こういうときの映像はたいてい録画されているので、インターホンの前でニコニコして待った。同時に先方に電話をする。どちらも反応なし。

一応指定の時間から10分くらい待ったけど、変わらず漆黒の闇だったので、書類を郵便受けにぶちこんで帰った。

最近ゆっくりと少しずつ「富士日記」(武田百合子)を読んでいて、わりと武田さんがいろんなことに怒っていらして、ああ、いやなことがあったときは怒ってもいいんだなと思うようになった。なので、そこから怒り狂いながら歩いて帰った。時間も交通費も無駄になったのが悲しいし、何より楽しい打ち合わせを妄想しながら夜の風に抗って歩いていた自分がみじめだった。

歩いているうちにバスがフッとやってきたので、行き先も確認せず乗車。30分くらいして京阪の駅に着いた。その駅で立ち食いそばを食べて、さらに新大阪では浪花そばで「新大阪そば(チャーシューのせ)」を食べた。やさしいスープの甘みが、すべての怒りを霧散させてくれた。笑顔で帰宅。

「富士日記」まだ途中だけど、響くフレーズがかなり多い。百合子~!泰淳~!花~!(敬称略)と思いながら読んでいる。

テラスをペンキで塗った日の泰淳さんの日記。「ペンキとは要するに、ハッキリと「自然」に対する抵抗である。雨で腐る木材を守るばかりでなく、雑多な色彩の中で、単色を主張する、そのことがすでに抵抗であるらしい。(省略)と言うのは、植物の色、土の色、すべては雑食であって、ペンキほどの原色はありえっこないからである。(省略)『イロを塗ることによって外界に変化を与える』。これは実にスリルのある行為だ。」

ある日の百合子さんの日記。「以前、石垣工事で、うちに大工の人たちが入ったとき、女衆たちは、朝くると仕事に取りかかる前に、腕から時計を外して、ていねいに松の枝にぶら下げた。女ものの華奢な金時計が、キラキラといくつも松の枝に下がっているのを私は羽衣伝説のように眺めた。」(以上、「富士日記」(武田百合子)より抜粋)

こういう、気持ちのいい文章を自分も書いてみたいもんだなと思う。

ピアノ試験

  • 2022年09月11日
ネーネーのピアノ教室のグレード試験で千里中央まで。モノレールに乗っていく。

前回一緒にモノレールに乗ったのが数年前で、森あかねさんにリクガメのリュックくんを見せてもらいに行ったときのこと。千里中央に着いたときにネーネーを待たずに電車から降りてしまい、「もう!」とたいそう怒られる。

試験会場は駅からすぐ近くで、会場に入ると各々が机の上で譜面を広げて練習をしていた。ネーネーも譜面を広げたけど、すぐにやめてポケモンGOをやっていた。プレッシャーに強い子!と思った。

しかし試験は緊張したようだった。ネーネーが試験の部屋に入る時に入れ替わりで出てきた男子が「なにもかもうまくいかなかった!」と叫んでいた。待合室では別の男子が「くそう!」と言いながらテキストを床に叩きつけていた。カオスな会場だった。

試験会場に入っていくネーネーの背中に祈りを捧げた。待ち時間に読んだの本は「コミュニティ・オーガナイジング」(鎌田華乃子)。感想を書くとどえらく長くなりそうなのであれだけど、とても良い本だった。

15分くらいしてガチャっとドアが開いてネーネーが出てきた。何も言わずに下を向いているので、おつかれさまと言ってササッと会場を出た。エレベーターに乗って二人になった瞬間「ハー!緊張した!」と叫んでいた。レモンソーダを買って、ベンチで飲みながら休憩。しばらくプラプラした後、帰宅。途中ジョーシンに寄って、試験頑張ったねということでポケモンカードを3パック買ってやった。

ポケモンカードはわたしもちょこちょこ収集していて、どうやら女の子のキャラクターでキラのカードはレアらしくオークション等で高値で売られるそう。今日たまたまそういうやつが出たので、試しにメルカリに出したら4,000円近くで売れたのでびっくりした。

「リーリエ」というキャラクターのキラカードはなんと260万円で売れていた。

カード1枚あたりの製造原価から考えると利益率えげつな、と思いました。

アリさんマーク

  • 2022年09月10日
数日前に昼食を取りに入ったそば屋にて、大きな声で喋る男性がふたり。年齢は20代と60代くらいで、上司と部下という関係性のようだった。20代の男性が先日身内だけの結婚式を終えて、式ではすごく泣いてしまったという話をしていた。上司の方は昨年娘さんが結婚したそうで、「旦那が広島で単身赴任しとるもんやから結婚してしばらくは家におってな。もう早く家出ていってくれや思ててんけどな、去年の11月に旦那が広島から来るまで迎えにきて娘を見送って、ハア~せいせいした~と思ってたけど車が角を曲がった瞬間に涙が止まらんようになってな、庭の雑草全部むしったったわ」と喋りながら最後は泣き出してしまって、いろいろと想像してしまってわたしもそばをすすりながらもらい泣きしてしまった。すすり泣きだった。

今日は月がこれでもかというくらい大きくてきれいな夜だった。ネーネーの音楽教室の帰り、スーパーでお惣菜を買って自転車で家に向かっているときに突然大きな月がバーンと現れたので、自転車を止めてふたりでホホーッと言いながら眺めて、団子を買って帰る。

シュシュは月を眺めながら「なんでうさぎは、お月様でくらすことにきめたんかな?」と言っていた。最適解は何だろうと考えたけど、うーん…なんでやろな?とアリさんマークの引越社のCMの赤井英和のようなコメントしか出てこなかった。

団子を食べつつ石田さん家(7男2女の大家族のやつ)の番組を観てワーワー言いながら寝ました。

エキストラ

  • 2022年09月04日
朝6時に心斎橋に集合して、某ドラマのエキストラとして参加した。映画を見る観客という設定で、参加者は20名ほど。「映画を観ている観客」と「映画が終わって会場を出る観客」の2役だった。

「映画を観ている観客」のシーンではダミー映像としてスクリーンいっぱいに「Windows10」のロゴマークが表示されていて、ひたすらくるくると回転するロゴマークを見つめながら「ふぅむ」という表情を作った。その顔を斜め後ろから抜かれるというアングル。「映画が終わって会場を出る観客」は、会場が明るくなると同時に「めっちゃおもしろかった~」とつぶやくという重役を仰せつかった。こちらとしては回転するロゴマークを見ていただけなので、気持ちを込めて言うのが思った以上に難しかった。記念品のボールペンをもらって帰宅。

「雀蜂」(貴志祐介)・「二十世紀旗手」(太宰治)を読んだ。

「雀蜂」は生き物パニックホラー。スズメバチやっば、こっわ、の一言。

「二十世紀~」は太宰の20代後半の短編集。錯乱状態で書かれたといわれる作品などもあり、戸惑いながら読んだ。個人的には「雌について」という作品が良かった。火鉢ごしに青年2人で理想の女性について語り合っていて、だんだんと妄想旅行の話になってゆく。「抱くのか?」「抱かない」「いや、今度こそ抱くか!」「抱かない」というようなやりとりを経て、死の話へ。いやいや、死の話かい!と思った。

夜と霧

  • 2022年08月29日
「夜と霧」(ヴィクトール・E・フランクル)を読んだ。アウシュヴィッツの強制収容所に収容された経験のある心理学者による、凄惨な記録。人を人として扱わず、収容所で起きた、目を背けたくなるほどに惨たらしい出来事が羅列されている。

著者は心理学者として、まわりの人間を鼓舞するために少演説のようなものを行っていて、肯定的な意味で「未来は未定である」と言っていたり、過去からの光について「あなたが経験したことは、この世のどんな力も奪えない」と言い、「感情が消滅」してしまった仲間の気持ちを奮い立たせようとしている。英語版のタイトルが「Man’s Search For Meaning」(生きる意味を探す)とある通り、生きる意味について言及されている箇所が多かった。

昨日ネーネーがふと、「漫画における人の命の重みと、実際の世界の人の命の重みが一緒でない気がする。どうしてだろう」と言っていた。要するに、漫画ではすぐに人が死んでゆくので、漫画のキャラの命の重みを軽く感じてしまうとのこと。すこし哲学的な質問だなと考え込んでしまう。

漫画で見る死の頻度より現実で目の当たりにする死の頻度が増えた場合でも、「命の重みの印象」は逆転しないように思う。そこはやはり「現実とフィクションの差」なのかな。

レモン

  • 2022年08月26日
子どもの小学校再開。始業式の日の朝にベランダで洗濯物を干していたら、近所から鬼気迫る様子でピアニカの練習をする音が聞こえてきて(朝5時台)、夏休み最終日に宿題をするタイプを超越した、始業式当日に宿題をするタイプ!と思った。ギリギリになったとしても、諦めずにやったのはとてもえらいなあと思う。

「本屋の雑誌」(本の雑誌編集部 編)の「丸善には今もレモンは置かれているか」という記事がとてもおもしろかった。今年の3月に読んだ「檸檬」(梶井基次郎)、表題作である「檸檬」はどういう作品かというと、主人公の男が丸善に行っていくつか取り出した本の上にレモンを置いて「爆弾だあ」と呟いて立ち去るという男の話。この作品にインスパイアされて、丸善にレモンを置いてゆく人が、本当にいるらしい。記事によると、小説の舞台となった丸善の店舗では月に数個のレモンが発見されるそう。

原作通り美術書の上に置いたり、「檸檬」の上に置いたり(文庫版は岩波書店・角川書店・集英社・新潮社から出ていて、何故か新潮社文庫の上に置かれることが多いそう)、置かれる場所は様々らしく、丸善側も黙認しているそうだ。(傷んだレモンを置かれると本が汚損するので困るらしいけど)

「クヌルプ」(ヘルマン・ヘッセ)を読んだ。旅職人として漂泊の日々を続けるクヌルプの日々を描いた、1910年頃に書かれた作品。今までいわゆる「古い作品」というものをなんとなく避けてきたふしがあって、なぜかというといまと時代背景が違いすぎて、文章からその光景を頭の中に思い描くのが難しくて読み進めにくいからだったんだけど、本をよく読むようになっていくらか文字から光景を想像する力がついてきたように思えたので読み始めた。「クヌルプ」めっちゃ良かった。

旅先で出会った女中とのやりとりが激烈に甘酸っぱいし、後半明かされる、エリート学生であったはずのクヌルプがどうして今こういう人生を歩んでいるのかの告白に至っては、分かる…分かるよその気持ち…と同情してしまうし、その後の安らかな死の描写がとても美しい。

でもまあ、物語に没入しているとクヌルプが40歳の自分のことを「老人」と言っていて、老人!と狼狽えてしまった。今と昔では時代背景が違うけれど、わたしもこの時代だともう「老人」の域に入ろうとしているのだな…としみじみ。

わかるとわからん

  • 2022年08月24日
7時半に家を出て東京へ。

新幹線では、隣の席の女性がプリンを食べていて、最後に容器の底をカッカッカッカ!と激しく突きながらすくって食べてらしたので、「刑務所の中」(花輪和一)のカレーが出た日の音!と思いながら、本を読んだ。早めに目的地に着いたので、駅に併設されている本屋に入った。自動ドアが開いた瞬間、大学時代によく行っていた本屋のにおいがして、胸がいっぱいになった。新しい紙のにおい、っていうのかな。

本をこちょこちょ購入。仕事。

仕事終わり、東京駅でマッハで買い物を済ませて帰宅。夏休み最終日の子どもたちにおみやげを渡してにこにこで就寝。

読んだのは「私の文学史」(町田康)、「書痴漫画」(山田英生 編)、「二十世紀旗手」(太宰治)。特に「私の~」がとても良かった。最も印象に残ったのが「詩について」の章での、「わかる」と「わからん」について書かれた文章。

要約すると、そもそも「わかる」には2種類あって「理解できる」というニュアンスの「わかる」と「共感できる」のニュアンスの「わかる」がある。「わからん」についても同様に2種類ある。包括的に考えると「わかる」「わからん」は合わせて4種類あることになる。

ひとつめは「わかるしわかる」、理解できるし共感もできる。俳句がこれ(詳しくはぜひ本文を見てほしい)。ふたつめ「わからんけどわかる」理解には及ばないけど共感できる、詩などがこれに当たるそう。みっつめ「わかるけどわからん」理屈はわかるけど共感できない。これは日常生活でもよくあるやつ。よっつめ「わからんしわからん」自分の場合は、あまりに前衛的な芸術に触れたときこの感覚になる。わかるわからんについてちゃんと考えたことがなかったので、ふむふむとなった。

その他にも良すぎた箇所がいっぱいあって、本は付箋だらけになった。

・「おもしろい」とは、「緊張の緩和」である
・良い随筆を書くコツは、そのときどきの本当の気持ちを書くこと
・文章がうまくなろうと思ったら、本を読む以外には何もない。それ以外はない。
・「ッエッエエー」と歌う、すごい声の人。(←森進一のことを紹介するくだりで)


森進一のこと、そういう目線で見たことがなかったので新鮮でした。

  • 2022年08月22日
朝食の後、また温泉へ。男子風呂はわたしとシュシュしかおらず、女子風呂も妻とネーネーだったようで、壁を隔てた向こう側から「パパー!」という声がしたので「ハイ!」と言うと、アハハハはという大きな笑い超えがした後、また話しかけてきて、壁越しに大声で会話した。

お風呂上がり、更衣室でテンションが上がったシュシュとゲラゲラ笑いながらダンスを踊っていたら、鏡に映った自分の乳が上下左右に乱舞していて戦慄した。肉が全体的にたるんできたなあという自覚はあったけど、いざ目の当たりにするとショックだった。しかもその乳の乱舞がブルンブルン!といったみずみずしさを帯びたものではなく、ダルンダルン…といった感じ。腹も乱舞していて、贅肉の密度の違いなのか分からないけれど、乳と腹の波打つリズムが違っていて異様だった。全体的に乳は裏打ちのリズムを刻んでいた。

水着に着替えて、9時過ぎチェックアウト。1時間半ほど車を走らせ、水晶浜まで。11時頃~14時半頃まで、ひたすら波打ち際で波に揺られて過ごした。子どもたちは波がひいてまた押し寄せる瞬間に浜辺に打ち寄せられるのが楽しかったようで、とてもいい顔をしていた。

今回いつもアウトドアで使っているテントを持っていったんだけど、海風が強くて常にバインバインしていて、吹き飛ばされないか心配しながらの海水浴だった。車から重い荷物を持ってきておもり代わりにした。努力も虚しく、14時頃にテントは吹き飛んだ。(荷物を吐き出しながら)

身を軽くしつつ加速を続けるテントを死に物狂いで捕まえ、その勢いで妻とエイヤアと見事なチームワークでテントを畳んだ。

シャワー室(大人ひとり600円、子どもひとり400円、合計2000円のところ1000円にまけてくれた)で砂や塩をザザっと流し、着替えて帰路へ。

最後に海にバイバイしよっかと子どもたちに伝えるとシュシュは「バイバイは言わない。なぜなら、またここに来るから…」と言っていて格好良かった。

18時過ぎに帰宅。散々家族旅行を楽しみながらも、やっぱ家がええわあという話をしました。

福井

  • 2022年08月21日
人目を避けつつの福井家族旅行。恐竜好きのシュシュとずっと福井の恐竜博物館に行きたくて、やっと念願がかなった。

7時半に出発。敦賀IC~本庄IC間が先日の豪雨の影響で通行止めになっており、山道を進む。4時間ほどかけて、福井県鯖江市に到着した。道の駅で弁当を食べて、いざ恐竜博物館。入館は時間ごとの完全予約制となっていて、そんなに混んでおらずゆっくりと鑑賞できる。動くティラノサウルスもよかったけれど、個人的にはアーケロンという超巨大亀の骨がアツかった。

だいたいこういう博物館に行ったとき、シュシュが一番元気で館内を縦横無尽に鑑賞し、それに妻が付き合ってくれている。わたしとネーネーはある程度鑑賞したら、ベンチに座っておしゃべりをしながらふたりを待つ。こういう流れになることが多い。

出口にある恐竜博士のモニュメントの前で写真を撮ろうと並んでいたら、前で撮影する家族の方に「シャッター押してもらえますか?」と言われたので、喜んで!とシャッターを押していたら隣りにいた妻が「えっ、えっ、えっ」と言っている。そしてカメラを返却するタイミングで「芸人さんですよね?」と話しかけていた。ツートライブの周平魂さんだった。同じ大学同じ学科出身で年齢も1歳しか違わないという、親近感わきまくりの漫才コンビ。

ホワーッとした気持ちのまま、1時間ほど移動して「ラポーゼかわだ」という宿へ。こじんまりとした、雰囲気の良い宿だった。シュシュがここの温泉をえらく気に入って(温度がぬるめだったので)、合計3回入った。以前は温泉には足をちょこんとつける程度だったので、四角に折りたんだタオルを頭に載せてにこにことお湯につかる姿が微笑ましかった。シュシュはずっとにこにこしていて、体を洗ったりタオルを濡らしてしぼったりと、わたしの一挙一動をチラチラ見ては真似していて、全力で満喫していて最高だった。ミントのボディソープで体を洗うとデリケートゾーン(丸いやつ)が氷漬けになったかと思うほどにスースーして、シュシュがそのボディソープも真似して使おうとしていたので慌てて阻止した。デリケートゾーンはスースーを通り過ぎてアーチーチーアーチー(CV.郷ひろみ)になってだいぶ心配だったけど、5分くらいすると治まった。

ごはんを食べて、布団を敷いて、就寝。部屋のどの間接照明も寝るには眩しくて、でも全部消すと真っ暗で、ということで部屋の照明は全部消して別室のトイレの電気を点けてそのわずかに漏れ出てくる光の中で眠った。

表札

  • 2022年08月12日
8時前には家を出て、子どもたちとパウパトロールの新作映画を観た。今作もケントの的確なオペレーションと圧倒的な信頼を寄せ合う犬たちの見事なチームワークに唸った。ロイヤル王国のプリンセスのいとこ?の男性が非常に悪い人で、プリンセスと暮らしているスウィーティーという犬と結託してロイヤルストーンを盗み出し、なんとそのロイヤルストーンの効果で対象物を浮遊させることができるというチート能力を身に着けてしまう。城を持ち上げることもできて、もう呪術廻戦の世界にいてもおかしくない能力なんですけど、最後はまあパウパトたちの活躍によって無事終結。子どもたちもとてもおもしろかったと言っていた。

本屋に行って、好きな本を1冊ずつ買うたろ!と言うと子どもたちはタタッと散って、シュシュは絵本を、ネーネーは「香るわたしにキスをして」(壱コトコ)という発売されたばかりの少女漫画を買った。ネーネーいわく、表紙を見てこれは間違いないやつって分かったとのこと。わたしは「石垣りん詩集」(伊藤比呂美編)、「ぷにるはかわいいスライム」(まえだくん)「光が死んだ夏」(モクモクれん)、「カヤちゃんはコワくない」(百合太郎)を買った。

家に帰ってカレーを煮込みながら本を読んだ。

・「13坪の本屋の奇跡」(木村元彦)
・「石垣りん詩集」(伊藤比呂美編)

石垣りんの「挨拶」という、終戦後に書かれた詩に胸が締め付けられる。
(原爆により犠牲になった方の写真の隣に添えられた詩だそうです。)

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「挨拶」

あ、
この焼けただれた顔は
一九四五年八月六日
その時広島にいた人
二五万の焼けただれのひとつ

すでに此の世にないもの

とはいえ
友よ
向き合った互の顔を
も一度見直そう
戦火の跡もとどめぬ
すこやかな今日の顔
すがすがしい朝の顔を

その顔の中に明日の表情をさがすとき
私はりつぜんとするのだ

地球が原爆を数百個所持して
生と死のきわどい淵を歩くとき
なぜそんなにも安らかに
あなたは美しいのか

しずかに耳を澄ませ
何かが近づいてきはしないか
見きわめなければならないものは目の前に
えり分けなければならないものは
手の中にある
午前八時一五分は
毎朝やってくる

一九四五年八月六日の朝
一瞬にして死んだ二五万人の人すべて
いま在る
あなたの如く 私の如く
やすらかに 美しく 油断していた

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「石垣りん詩集」(岩波文庫)より引用

ベストエッセイ

  • 2022年08月10日
そういえば昨日ネーネーの学童にマジシャンが来る日で、彼女はそれをとても楽しみにしていた。寝るときにどうだった?と聞くと、80歳くらいのおじいちゃんがきたんよ、クルクルパッとしたらなんもないとこから鳥が出てきてんけどな、それほんまもんの鳥やなくて機械の鳥やったわと話していた。いいもんが見れてよかったやんかと言うと、ううんと首を振って「マジックをやるたびにみんなが種明かしをしようとワーワー騒いでいて、それがいやだった」と言っていた。純粋にマジックを楽しもうという人たちのためにマジックというものがありましてな、だからあなたのような人がいてくれたことがきっと、マジシャンにとっては嬉しかったと思う、というようなことを伝えた。

今日は昼から休み。夕方シュシュを保育所に迎えに行った。教室の外で「どうも」と挨拶すると、いつもならワー!と駆け寄ってくる子どもたちが全員シュンとしていて、その中央にシュシュがいた。どゆこと?と思って教室の入り口を見ると先生が立っていて、どうやら全員相当素行が悪かったらしく先生のカミナリが落ちた直後だったらしい。シュシュはわたしが来たのでチャンス!と思ったのか猛ダッシュで教室を飛び出してきた。荷物を全部忘れてて、もう一度教室に戻って荷物を持って一緒に帰った。言葉数も少なく、落ち込んでいる様子だった。「せんせいがあしたからもうきてくれへんって言うとってん。きゅうしょく運んだり、おそうじしたり、ぜんぶ自分たちでやらなあかんねん。どうしよう」と言っていた。先生はきっと明日来てくれるし、わろてはるでと伝えたけど、うん、と小さな返事をしただけ。

ほどなくしてネーネーも帰宅。学童で作ったスライムを落とさないように、慎重に帰ってきた様子だった。

その後仕事帰りの妻とバトンタッチして病院へ爆走。この病院の先生というのが、大学時代の恩師K教授にそっくり。大学時代に尊敬していた教授はK教授とS教授のふたりで、そのふたりともが他の教授たちにライバル心を燃やし、バチバチにやりあっている人だった。皆からは変わり者として見られていたけれど、とても魅力的な教授だった。K教授は経済学の教授なのに、何故か全員授業で個人のホームページを作らされた。ブログサービスが始まるずっと前の時期、ホームページを作っている人なんてほとんどいなかった時代。tripodというサービスでアカウントを取得し、あれこれ調べながら自分のホームページを作った。最初は課題なので仕方がないという感じでやっていたけれど、ホームページを開設した瞬間、世界が外側に向けてブワッと広げられた感覚があって、そこからのめりこんで現在に至っている。K教授のこの授業が無ければ、今のような活動はしていなかったかもしれない。厳しいことでも有名だったK教授の前で卒業論文の発表をしたときに、「よくがんばりましたね」と言われたことがとても嬉しかった。そういうエピソードを、病院に来る度に思い出している。

喫茶店ですこし本を読んで、帰った。

ネーネーが眠りに落ちる前に学童の話をしてくれて、今日は水遊びで全身ずぶ濡れになるまで遊んだんやけどな、先生がひとりひとつずつ水風船をくれてな、わたしと○○ちゃんだけにこっそりふたつくれたんよ言ってストンと寝た。とても良い寝落ちムーブだった。

・「出版ちょっといい話」(メディアパル)
・「ベストエッセイ2022」(日本文藝家協会編)

ベストエッセイは好きな作家のエッセイがたくさん掲載されているので発売即購入。ミロコマチコさんの表紙画がめちゃくちゃ良い。田中卓志の愛にあふれるエッセイに泣き、椹木野衣のどうしようもないくらい切ないエッセイに泣き、村井理子のエッセイで笑い、町田康のエッセイでまた笑った。コロナのことや故人を偲ぶエッセイが多かった。

ハブ

  • 2022年08月09日
・「あしたから出版社」(島田潤一郎)
・「新聞記者、本屋になる」(落合博)

「あした~」は夏葉社をされている島田さんのこれまでを描いた作品。夏葉社は「本屋図鑑」はじめ、何度も読み返したくなる、ずうっと手元に置いておきたくなるような本を作られている。遠くから見ていると、涼しい顔で良い本を次々出されている印象があったけれど、そこにもやはり紆余曲折があり、心がえぐられるような悲しいこともあり、現在に至っているのだった。

海文堂書店のことも出てきた。海文堂書店はわたしが活動を初めて間もない頃、書店の仕組みも何もかも知らずに突然ミニコミを持ち込んで「お店に置いてほしいんです」と直訴したとき対応してくださったのが、F店長だった。F店長はとても優しい笑顔でわたしの話を聞いてくださり、納品書とスリップの書き方を教えてくださった。3ヶ月という期限つきだったけど、お店の良いところに置いてくださって、本当に嬉しかった。最後に売れ残りを引き取りに伺ったときも、また新作ができたら持ってきてくださいね、これからもがんばってくださいね、と声をかけていただいた。結局忙しさにかまけて新作を作らずのうのうとしているうちに、突然海文堂書店の閉店が決まり、どういう顔でF店長に会いに行けばいいのかもわからずで、閉店までご挨拶に行かなかったことを、いつまでも後悔している。

「新聞記者~」は田町にある「Readin' Writin'」という書店を経営されている落合さんの、書店開業記とも言える本。2020年の3月にたまたまふらりと立ち寄った店で、素敵なお店だな~と30分ほどぐるぐる店内をまわって遠藤周作の「フランスの大学生」と和田誠「装丁物語」を買って帰った。

後ほどこのお店のロゴデザインをPERHAPSの北島さんが手掛けられたことを何かしらの拍子で知り驚いた。この本にもその辺のことが書いてあり、なんと店名も北島さんが考えられたそうだ。自分も何かお店やらをやることになったら北島さんに相談しまくろうと思った。(ちなみに一番最近北島さんにメールしたのいつかな~と思って過去のメールを見たら北島さんからわたし宛のメールのタイトルが「ひろくんへ」で笑った)

本をたくさん読んで、その全てを覚えているかと言われると全然そんなことはない。高校生のときはひたすら三島由紀夫を読み漁ったけれど、細かい内容はほとんど忘れてしまった。だけど本を読んでいると、その時の生き方や考え方や心をピカッと照らしてくれるような一文が出てくることがあって、その瞬間のために本を読んでいるような気がしている。そういう文や言葉のことはいつまでも覚えている。あとは強烈にインパクトのある言葉なんかも。

自分の記憶の中で一番古い、本で印象に残っている言葉って何かな…と考えていたら、小学生の時修学旅行先のお土産屋さんで立ち読みしたハブ(ヘビ)と戦うおじいさんの漫画の、おじいさんがハブに向かって言った「このエロハブめ!」かな。

自分の人生にはおおよそ関係ないし一瞬で忘れていいようなセリフなのに、あまりにもインパクトが強すぎて、忘れられない。
生活について