生活について

ナミチョチョ

「隠し事」(羽田圭介)を読んだ。

今日は所用のため午後から会社を休み、まずはハローワークに行く。専門学校を無事卒業し給付金が支給されることになったのでその手続き。しかし、ここは夏フェスの最前ブロック?と思うほどの込み具合だったので、入るのをやめた。また今度。

その後、ネーネーの小学校に行く。こちらも所用で迎えに行く必要があり、教室まで来てくださいと言われていたので向かった。いろんな生徒に話しかけられて会話をしているとネーネーが出てきた。オーイこっちこっち~と手を振るも、チラッとこちらを見てスタスタと歩いていく。ああ、そっか、もうそろそろこういうところにお父さんが来たりするのが恥ずかしくなってきたんだな、と理解する。これについては成長段階で致し方ないことなので、特に寂しいとは思わない。

自転車に乗った後も、特に会話はなかった。学校から離れて家に近づくにつれ、ようやくポツポツと会話が始まる。信号機のピッポーピッポーという音にかき消されそうなほど小さな声での会話。こういう親子関係の変化に対しては抗うのではなく、寄り添って生きていきたいなあと感じる。

自宅の駐輪場に自転車を停めて玄関に向かって歩いているときにソッと手をつないできてくれて、相当ナミチョチョ(※1)でした。

※1 ナミチョチョ=涙がちょちょぎれる、の意
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