生活について

プラネタリウム

妻は仕事なので、茨木にあるプラネタリウムに3人で行った。わたし達以外は2組しかおらずで、ゆったりと見学できた。解説してくださったのは4月からこの施設で働いているTさんという物腰柔らかな方で、解説員はおとといから始めたばかりなのだそう。あまりに優しい声すぎて、わたしは途中で寝てしまい、その度に子ども達に叩き起こされた。

それが終わって外に出ると眩しすぎてしばらく目を開けることができず、3人とも無言でジーッとした。マクドナルドでハンバーガーを食べて、ネーネーが先日読んだ中村ひなた先生の作品に出てきた「ラムネ」という飲み物を飲んでみたいというので駄菓子屋に行く。残念ながらラムネは売ってなかった。

家に帰ってからは夕飯のカレー作り。16時にネーネーと歯医者に行く。待ち時間は爆睡。その後、ピアノ教室に送り、喫茶店で本を読んだ。「ラマレラ 最後のクジラの民」(ダブ・ボック・クラーク)、一週間かけてようやく読み終えた。

この作品は、世界最後の捕鯨集団民族が暮らすラマレラが舞台のドキュメンタリで、伝統的な暮らしを営む民族が近代化の波に翻弄される様が丁寧に描かれている。なんといっても、上原裕美子さんによる翻訳が素晴らしい。訳書ながら圧倒的に読みやすく、のめり込むように読んでしまった。

ラマレラでは経済が「物々交換」で成り立っている。しかしながら近年は貨幣経済の波が押しよせてきており、暮らしのあり方として二者択一を迫られている。若い世代の人々の中にはテレビやインターネットの普及により世界を知り、ラマレラの伝統的な暮らしを捨ててしまう者もいる。

クジラを狩るための船は「テナ」と呼ぼれている。テナの前方には「目」が描かれており、テナにはそれぞれ固有の名前がつけられている。テナには魂が宿っていて、壊れた際はそのテナの木材を再利用して新しいテナを造り、魂を受け継いでゆく。新たに造られたテナは闇を怖がるので、一晩中電気で照らされる。

これはあくまで一例に過ぎないけれど、近代化の波はそういった生活を脅かすものだ。作者は巻末にこう記している。

「どれほど明るいシナリオであったとしても、発展がすべて恩恵であるはずがない。進歩とはすなわち何かを置いていくという意味でもあるからだ。変化することによって、物事の少なくとも半分は失われる。」「せめて、人間にとっての自然な生き方に敬意を払う努力くらいは、試みるべきではないだろうか。これから先がどうなっていくかはわからない。だが、<祖先>を忘れるならば、私たちはきっと未来の足場を失っていく。」(「ラマレラ 最後のクジラの民」(ダブ・ボック・クラーク)より抜粋)

これは遠い国の民族の話だけれど、話の筋としては他人事ではない。ウーンと深く考え込んでしまった。


ピアノ教室が終わったら、まっすぐ帰宅。カレーを食べてドッキリグランプリを観て、しんみりと寝ました。
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