生活について

アグルーカの行方

仕事中、暗闇に紛れた後輩にワッと驚かされたとき、自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。「ウワー!」や「キャー!」という声ではなく、「ニ"ャ"ーーーッ!」という、野性的な声だった。中年男性の野太い咆哮が、事務所の廊下に響いた。

「アグルーカの行方」(角幡唯介)を読んだ。1800年代に北極探検中に隊員129名が全滅してしまったフランクリン隊について、史料からの紹介のみならず探検家の角幡さんが実際にフランクリン隊の辿ったルートを橇を引きながら歩き、考察されている。3ヶ月にも及ぶ北極探検の記録は、あまりにも壮絶すぎて胃がキューッとなる。

フランクリン隊については、カニバリズムが発生していたというセンセーショナルな事実ばかりにスポットライトが当てられがちだけれど、この本についてはカニバリズムについての描写にそこまで文章は割かれていない。角幡さんの過酷な旅の記録とフランクリン隊に関する史実や考察がテンポよく展開されていて、非常に読みやすかった。情熱的な文章と冷静な文章のバランスも良すぎとピーコ。

また自分は北極探検をする予定はないけれど、携行食にカロリーメイトを持参されていたり、北極熊の肝臓を食べ過ぎるとビタミンA過剰症という病気になること、北極ではコンパスが正確に働かないため、太陽の位置と時刻から計算して方角を知ることなど、初めて知ることだらけで非常に興味深かった。北極探検ではなんと1日5,000キロカロリーを目安に食事を摂っておられて、それでも痩せてしまうほど過酷なものらしい。

角幡さんが過去の探検において死の危機にさられたときを振り返って書かれていた文章がとても印象的だった。

「自分の死が少なくない確率で訪れることを悟った時の絶望と、しかし生きのびることを決断した瞬間は、私の人生の中で最も鋭い部分となった。(中略)その時に知ったのは、生から死に至る時間の傾斜は自分たちが考えている以上になだらかであり、実は生は死を内包することでしか存在し得ないという感覚だった。」(「アグルーカの行方」(序章より抜粋))
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