生活について

ただしさに殺されないために

「ただしさに殺されないために」(御田寺圭)を読んだ。「ただしさ」に対し、冷静に警笛を鳴らす一冊。

数年前から「正義」や「ただしさ」について考えるようになった。子どもの頃の「正義」は、仮面ライダーのようなヒーロー像そのものだった。しかし社会人になり、「正義」の名のもとに粉砕されてゆくあまりに惨い現実達に打ちのめされて、「正義」という言葉の信用性に疑義を抱くようになった。昨今のSNSでも、正義の名のもとにキャンセル・カルチャーが容認されている。これを正義と呼んでいいのか?と思う。

「正義」も「ただしさ」も、広範的に定義されるものではなくて、個人的な価値観に過ぎないのではないか。自分にとっての正義は、必ずどこかの誰かにとっては悪や毒になる。だから「ただしさ」は振りかざすものではないと個人的には思う。この本にはその問題に対する明確な答えはないし、ただしさの影で犠牲になっている人々について無自覚な自分にイヤというほど気づかされる。

作中で特に印象に残ったのは以下の一節。

「市民社会においては、自由を愛し、多様性を尊重し、差別や不平等を許さないはずの人びとが、しかし自分たちと見解や立場の異なる人を見かけると、そうした人びとの存在も多様性のひとつであると尊重するどころか、力ずくで排除しようとしている。」

また、巻末の言葉も非常に辛辣で、最後の最後までヒリヒリした気持ちになった。

「私たちは真実を見ていない。真実を見ていると信じている。実際に見ているのは物語である。物語をこそ見ようとしている。自分の心にとって、心地よく響いた物語を、真実だと考えたがる。」「私は物語を否定するために、この本を書いた。穏やかやな夜に身を任せてはならない。私は物語を否定する。」(「ただしさに殺されないために」より抜粋)
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