生活について

週末

部屋の掃除をしていて、娘と7年前に行ったふたり旅行のアルバムが出てきた。娘に聞くと当時のことはほとんど覚えていないようだけど、断片的に強烈な記憶として残っているようだった。サンリオピューロランドの帰りに行った商業施設の砂場で遊んだことがとても楽しかったと言っていた。覚えてる。サラサラの砂でできた砂場で、お客はわたし達以外誰もおらず、わーっと追いかけっこをした。砂を落とすためのブロワーが象のかたちをしていた。

ピューロランドから商業施設までの道、もう歩きたくないと駄々をこねる娘に歩道の赤色のブロックの上だけを歩いて行こうと言うと途端ににこにこと歩き出したことを覚えている。子どももわたしも、一生懸命だった。抜けそうだった歯が旅行二日目の朝に抜けたこと、オセロで娘に負けてしまったこと、リス園でふたりでリスに怯えたこと、そこで買ったアイスクリームを落として泣いちゃったこと、帰りは疲れ果ててうさぎのぬいぐるみを抱きしめながら新幹線で寝ていたこと、他にもいろいろ。あらゆる思い出が心の中で暖かい炎となって、いつまでも揺らめいている。

午前中、車屋さん。昼から家の掃除こちょこちょ。夕方イオン。ダイソーでヒロアカのアクリルスタンドフィギュアを2つ買った。

さいきん読んだ本。「泣いてちゃごはんに遅れるよ」(寿木けい)、「開高健ベストエッセイ」、「野生のしっそう」(猪瀬浩平)。

「泣いてちゃ~」にて、子どもがぐりぐりと絵を書く行為について「13歳からのアート思考」(末永幸歩)からの引用で「描くことは、体の動きを受け止めてくれる舞台」「体の動きによって紙のうえに刻まれていく行動の軌跡を、子どもは思う存分に味わっている」とあった。なるほど。

開高健のエッセイ。「イメージは火花のようであり、とつぜんの風でひらく窓のようであり、じわじわとにじみひろがるインクのようでもある。」

自身の作品の評価について言及した箇所では「誰か読んでくれる人がいるのだろうかと思っていたら、意外にたくさんの当初が新聞社やら家やらにきて、雑巾のようにくたびれた心もそれらの字だけはジュウッとしみこむ」とあって、意外。
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